いつもより早く事務所を訪れた高嶺悦子は探偵長の机の上にポツンと置かれている本に小首を傾げた。
いつも綺麗に整理されている机上にそれは妙な存在感を主張している。
---飛鳥のガラスの靴-----
どうやら小説のようである。
「なんだかシンデレラみたいな題名ね。」
一人呟いた時 探偵長とペンギンが言い合いながら事務所に入ってきた。

片手を少し上げて高嶺悦子に挨拶をすると二人はすぐに視線をお互いに向けてテーブルを挟んで腰を下ろす。
「まほろばって言うのはね・・・」 どうやら先ほどからの続きのようだ。
「日本武尊ですよね・・・あの東を平らげて戻るときに詠んだと言う。」

・・・・あ~ぁ!この手の話になったら何時終わるのか解らないのよねぇ・・・・
高嶺悦子は肩を竦めて朝の珈琲を二人の横に置く。
「おはようございます。」
それでも一応挨拶はしてみる。 どうせ無視されちゃうかな・・・・
案の定 二人の視線はチラッと珈琲に向けられたが舌戦が止まる事はなかった。
それでも二人の手がカップに伸びて湯気の立つ珈琲を口に運んでいる。
・・・やっぱり飲むんじゃない・・・・
何となく仲間外れにされたようでちょっと寂しい気もする。

「この本 気になるのなら読んでも良いよ。」
突然探偵長に言われて振り向くと目の前に差し出されていたのはさっきまで机上にあった小説。
「ありがとうございます。」
高嶺悦子は受け取ると早速ページを開いた。
・・・・あの話を続けている間は当分二人は動かないしね。・・・・

「まほろばと言うのはすばらしい所・住みやすい所という意味だから・・・」
「何故住みやすかったのかって事ですよね。」
「おそらくは稲作に関係している・・・」
「探偵長 もしかして奈良湖の事言ってます?」
ほぅ~~っと探偵長の目がペンギンに向けられた。
それなら・・・っと探偵長が書庫から地図を持ち出してテーブルに広げた。
「この辺り一面が・・・」っとペンギンが手でグルッと指し示した。
「そうだね。この川が流れ込んでいた。」っと探偵長が指でなぞる。
「この湖の際に大神神社や石上神社がありますね。」

・・・もう止まらないわね・・・
高嶺悦子は自分の席でチラッと二人に視線を投げて読みかけの本のページを刳った。

「当時の天皇が歌だったかで・・・」
「♪鴎が飛んだ~~だったかな。」
・・・・そこで歌うか・・・・
高嶺悦子は苦笑いをしながら本を読む。

「どんな風景だったんだろうね。」
探偵長が遠くを見るような目で言う。

「駄目です!。」
突然ペンギンの声が厳しくなった。
「まだ何も言ってないよ。」 苦笑しながら探偵長がペンギンを見た。
「いいぇ!!言わなくても解ります。一度だけって約束だった・・・」
ペンギンがふるふると首を振る。
「確かにそう言う約束だったよ。だから私は何も言ってないし・・」
探偵長の笑みが深くなる。

・・・こりゃペンギンさんの負けかも・・・
高嶺悦子は顔も上げす本を読んでいる態で思った。
・・・だいたい探偵長に昔の話をしちゃ駄目なのよね。いいかげん学習すればよいのに・・・

二人の声を聞きながら読み進めていた高嶺悦子の目がふと止まる。
・・・これ・・・飛鳥なのに「打ち寄せる波」の描写が有る・・・現代の話なのに・・・何故?・・・

「だから言ってないって・・・」
「じぇ~~ったいに駄目ですって・・・」

さぁこの勝負の先や如何に。

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