「何故 晴明なのだ。」
それは保憲が子供の頃に何度も頭に描いた疑問であった。

或る日の事
父であり師匠でもある賀茂忠行が連れて来た一人の童・・・それが安倍晴明であった。
賀茂の家は数多くの陰陽師を排出する家柄である。
忠行の息子だけを見ても保憲のほかにも男子は居る。
他にも数多くの弟子が賀茂の屋敷で研鑽に励んでいるのだから敢えて童を連れてくる必要は無かったように思われる。
それでも忠行は保憲に晴明から目を離さないように・・と指示を出している。
愛おしいという感じでもなく慈しむという雰囲気でもない。
過酷な修行に耐え切れず逃げ出す者たちも多かったのだがこの中に晴明が紛れ込む事もあった。
逃げ出した者が戻ったとしてもこの先修行に耐えられぬとも思うのだがそんな時でも他の者には目もくれず「晴明を引き戻せ。」と忠行は指示した。

「何故 晴明なのだ。」
保憲はその度に父に尋ねた。
しかし忠行から明確な答は返って来なかった。
保憲自身がまだ大人になりきっていない年頃だったからかも知れない。
年は過ぎ晴明は賀茂の屋敷の中で誰よりも力をつけ比類なき実力の持ち主となった。



「今なら解る。なぜ晴明なのか。」
父である忠行がこの世を去り保憲は賀茂家の主として継いだ。
晴明は陰陽寮に入り都の丑寅の位置に邸を賜った。

晴明は・・・・
摂津の方から来たと誰もが信じているようだがそのような筈がないのはあの肌の色を見れば一目瞭然・・・っと保憲は思う。
あの透けるような白さは蝦夷のものだ。
瞳が少しだけ蒼みを帯びているのも蝦夷には多い特徴だ。

朝廷は東北の豊かな土地を欲しがっていた。
初期の頃は交渉によって巧いこと取り込んでいたのであるがいつの頃からか蝦夷への弾圧が厳しくなっていた。
これによって蝦夷が己の土地を護るため反乱を起こすことも増えた。
幾度も争いが起きその中で朝廷に服従してくるものもある。
その者たちを朝廷側は「俘囚」と呼んだ。

たぶん・・・と保憲は思う。
晴明は俘囚となった一族の一人なのであろう。
問題は彼が貢物であったのか朝廷側が奪ったのかと言う事だ。
晴明のあの能力を考えれば人質として奪った可能性が高い。
蝦夷の一族において拠所となる大事な存在・・・
物心ついた時からこの世の物ではないものを見る能力があったのだ。
蝦夷がおとなしくなったと言う事は一族のシンボルと言うだけではなく蝦夷全体を纏める程の・・・古代どこかに有ったと言う邪馬台の卑弥呼のように祀られる存在の血筋だったのかも知れぬ。
そのような者を蝦夷の地に置いていたら何時朝廷に反旗を掲げるかもしれない大きな危険をはらむ。
朝廷は迷わず取り上げる手段にでたのであろう。

忠行が保憲に「晴明から目を離すな。」と言い何度逃げ出しても必ず引き戻したのはこうした事情が有ったのではないか?
彼が力をつけて都を護る。
その事によって蝦夷は奪われた童が無事に育っていることを知り朝廷側に押さえられていることを知る。
それは蝦夷からの叛乱を防ぐことにもなる。
そして・・・・
事情を知っている忠行がこの世を去ったとき朝廷は晴明を人柱にしたのだ。
強い力を持つ生きた人柱だ。
贄として身動きもならぬよう朝廷はその位置に置く事を強く望み忠行は都を護るため「是」とした。
彼があの場所にいる限り鬼門の護りはほぼ完全と思える。
あの場所に晴明を置いたのは忠行が全ての事情を知っていたからに他ならない。

「晴明・・・おまえは・・・」
保憲は夜空を見上げて一人呟いた。

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