淡湖に木枯らしが駆け下りてくる頃に葛城帝はこの世を去った。
傍らには帝が寵愛した皇子が一人 父でもあり帝でもあった葛城の後を継がんと両の拳を固く握っていた。
「案じなさいますな。 帝に我が父が寄り添いましたように皇子の傍らには常に我が・・・」
「史人・・・・」 皇子は声の主を見上げて唇を震わせた。

宮は遽しい空気に包まれ役人達は右往左往と飛び回っていた。
先帝の陵墓を建設すると言う大義名分の影で武器や兵器が着々と揃えられて行くのを史人はさりげなく目の端に捉えていた。
この遽しい気配はどんなに隠してみても遠く吉野にまで届いていく。
事細かに伝達する者も少なくない。
伝える度に人々は海人に決起を促すが海人は笑みを浮かべながらも首を横に振る。
「まだ時期尚早・・・・風が変わるまでは耐えよ。」 海人は我が身に付き従ってくれる飛鳥の豪族たちに感謝の念は持っていた。
しかし彼が何より望んでいたのは天皇権の確立であった。
 確固たる天皇制を敷きそれに基づいて律令を整え中央集権国家を作る。
「兄上は老獪なあ奴に惑わされてしまわれたのだ。我は必ずこの国を海の向こうに負けぬ都を作ってみせる。
海人は流れて行く雲を見上げながら独り言ちた。

風が巡りやがて春の気配が吉野が色濃く染まった頃 海人は東へ向かって吉野を抜け次々と集まる豪族と共に兵を挙げ宮へと軍を進めた。
伊賀皇子が葛城帝の後に即位をしたのかは知らぬ。
今は飛鳥の地を護りこの地に再び野都を作る。 
海人皇子はまさに翼をつけた虎の如くに塀を動かし逸早く古来からの豪族を味方につけた。
東の軍勢も勢い猛々しく伊賀皇子が率いる兵を物ともせず太刀を揮い矢を射る。

・・・・・ この戦 負ける訳には行かぬ ・・・・
海人は天を仰いだ。
もっとも・・・あちらも同じ事を考えていような。

ザクザクッ ザクッ

複数の激しい足音に海人は我に返った。
見れば何時ぞやに海人を誅せんと追って来た三人であった。
「海人様 お命を頂きたく・・・」
言うが早いか一人が太刀を構えて飛び掛ってきた。
声も出さずに横へと飛び退った海人の目の端に矢を番える者の姿が入った。
あわや!!
海人が身の振り方に躊躇したその時・・
ばさっばさっ
大きく羽を動かす白い鳥が一直線にと矢を番う男へと攻撃を仕掛け鋭い嘴で男の目を潰した。
断末魔の叫びを上げて男はその場に転げ目を手で覆っている。
「あの鳥は・・・」 海人は息を整えながら白い鳥を見詰めた。
鳥は一転して空高く舞い上がり素早く目標を定めると太刀を手にしている二人の男を翼で叩き嘴で突く。

「まだ懲りませぬか。」
穏やかな声が海人の耳に届いた。
「朧殿!」
何時の間にそこにいたのか一人の若者がじっと三人の転げまわる姿を見下ろして立っていた。
海人は若者に駆け寄りまだ攻撃を止めぬ鳥に視線を送る。
「皇子様 お久しゅう。」 若者はなんとも魅力的な笑みを刻んだ。
さて・・・くるりと表情を変えて恐ろしげな声で三人に言葉を発する。
「これ以上 海人様に危害を加えるお積りならば両の手、両の足、心の臓までも奪い取りましょうぞ。いかが?」
若者の声は心底凍りつきそうなほどに冷たかった。
二度と狼藉は働かぬと三人の男は誓いを立てよろよろ・・・っとその場を去っていく。
時折脅かすように白い鳥が甲高く鳴いた。

「朧殿。また助けられましたな。」
海人は人懐こい笑顔を若者に向けた。
「あなた様にはまだまだご健勝であらせられませ。さも無くばこの私も困りますゆえ・・・」 若者は穏やかに笑った。

戦いは海人の軍が大勝を収め海人は飛鳥の地に改めて宮を建てた。
それからの海人は席が暖まる間も惜しんで数々の改革を為して行く。
何より天皇を頂点にした律令を定めねばならぬ。 海の向こうに負けぬ都を造り民百姓が真に豊に暮らせる国を作る・・・
海人の思いは強く豪族も趣旨に賛同し己の利権を一時的にせよ放棄させる所まで進んだ。
全てが定まれば改めて豪族たちも立ち行くように・・・海人は考えていた。
やがて即位し大海帝となる。

久しぶりに宮の庭で雲の行方を眺めている大海帝の耳に懐かしい声が届く。
「帝・・・ 少しはお休みになられて御身を労りませんと・・・」
「朧殿か。」
傍らに膝をつく若者を見下ろして帝の頬が弛んだ。
「しかしな。 急がねばならぬ。 豪の者も完成を心待ちにしておる。このままでは豪族は丸裸であるからな。」
「ほんに・・・よく耐え忍んでおると私も思いまする。」
「すべては善き国を作る為よの。さすれば耐える事も厭わずと言われておる。」
「悪しき枝が繁らぬように・・・」 呟くように若者が言う。


席の暖まる間も持たずに次々と政を成す大海帝がついに病に臥した。
民がみな善き日々を過ごす為にも次の帝には同じ道を歩んで貰わねば成らぬのだと帝を支えてきた豪族たちは思った。

「帝・・・。」 穏やかな声がそっと耳元で囁くのを大海は感じて瞳を開いた。
思ったより近くに朧の端正な顔がある。
「次の世に善政を繋げなければなりませぬ。」 朧が穏やかな響の声で言う。
「解っておる。妻が全て繋いでくれると信じている。」大海は小さな声で応えた。
「讃良様が継がれるのでございますか?あなた様の血を受け継いだ皇子がいらっしゃるのに・・・」
朧は切れ長の目を見開くようにして大海を見下ろしている。
ふっ・・・大海は肩頬に僅かばかりの笑みを乗せた。
「案ずるな。讃良はこの私の政を良く補佐してくれている。理解もしているはずだ。必ず善き世を築くために動いてくれように。」
「・・・・・然様でございますか。」 朧は大海から視線を外すと吐息のような声で応えると小さく頷いた。


人々の願いも虚しく大海帝はこの世を去った。
幾多の皇子を差し置き讃良は帝となった。
彼女が帝としての最初の仕事は有ろう事か大海の血を継ぐ皇子の殺害であった。


・・・やはり変える事はできなんだか ・・・・・
つっと空を見上げて朧が呟く。
彼の瞳には讃良の両の腕に蔓が絡まり次第に伸びていく様が映っていた。
・・・・行くべきか。戻るべきか。・・・・
朧は暫し躊躇したがやがてその名のように朧となり霞となって消え去ったのを誰も気がつくことは無かった。

この後 大海の下では影も無かった史人が政に復活し思いのままに宮を牛耳って行く事となるのである。





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