秋が深まって来たようである。
朝夕の風は一段と冷たさを増して来ていた。

「晴明 いるか?」
答を待つでもなく庭へ回って来たのは保憲であった。
一度賀茂の気が通ってしまえば晴明の元へ辿り着く事は容易である。
忠行が残した微かな気をたどれば迷う事も無い。

「壊・・・」静かな晴明の声が聞こえた瞬間に保憲の目の前で何かが破裂し八方へ火花が舞い上がった。
「わぁ!!晴明 何をする」
思わず後ずさりをした保憲は濡縁に居るであろう晴明に向かって怒鳴り声を上げた。
「これは 保憲様。気がつきませんで申し訳ありません。お怪我など為さいませんでしたか」
穏やかな笑みを浮かべながら晴明は保憲を奥へと誘うのであった。

ー 余計なときに余計な者がまた来るか ー
晴明が保憲の訪問をこう考えたかどうかは定かではない
何度も言うが陰陽師と言うものは・・

「保憲様 陰陽寮への御出仕でお忙しい毎日のはずでございますのにこのような所へお越し下さいましてありがたく存じます」
「まぁな ありがたいと思っているにしては手荒い出迎えであったな」
「真に申し訳ありません。少し手が滑りました。未熟者故の失態とお許し下さいませ」
「過ぎたことだ。忘れろ」
保憲は鷹揚に答える。
ー忘れて欲しいのはこっちの方だー
晴明がこのように思ったかどうか・・・何しろ仮にも陰陽師でございますから

「今日は父様から預かり物があってな。これを届けに来たのだ」
「師匠様から・・でございますか?」
晴明の前には美しい浅葱色の狩衣と小袖が一式・・
「保憲様 真にこれを師匠様が私の元へ届けろと仰ったのでございますか?」
晴明が小首を傾げた。
「晴明 さすがだな」
ニマァッと保憲の唇に笑みが浮かんだと同時に狩衣がふわっと音も無く舞い上がる。
「保憲様 何を・・」
舞い上がった狩衣は晴明を包み込もうと大きく広がっていく。
晴明の視野に入るのは浅葱色の狩衣だけである。
身体を移動してこの狩衣から逃れる猶予は無い。
「散!」思わず掌を狩衣に向けて呪を発する。
陽炎のような光は一直線に狩衣に向かい微塵に飛び散ると狩衣は忽ちの内に燃え上がった。
「晴明!今何をしたのだ」
保憲は腰が抜けたように床にへたり込んでいる。
ホッと息をつくと晴明は保憲を見下ろした。
「保憲様 悪戯が過ぎるのではございませぬか」
「すまん」
保憲が見上げて言う。
「大丈夫でございますか?」
保憲を助け起こそうと晴明が保憲に右手を差し出したと同時に保憲がその手を強く引いた。
「保憲様!」
気がつけば晴明は保憲の身体に組み敷かれていた。
「甘いのよ!晴明」
押し付ける腕に力をこめて晴明を捉えた保憲は冷たく言い放つ。
「そなたは確かに優れた力を持っている。しかし・・だ。
詰めがいつも甘いのよのう。
我らと共に陰陽寮に出仕するならば都の妖し・物の怪・鬼とも対峙する事となるのだ。
それは避けられん。
解っておるのか晴明」
保憲の腕に更に力が籠もる。
「はい 保憲様 なれど・・」
「晴明 まだ解っておらぬようだな。
友などと言っていたら喰らわれるのだぞ。
止めを刺すまで気を許してはならぬのだ」
「・・・」晴明は答えない。
「ならば俺が今すぐ喰らってやろうか」
ふっと晴明の目に笑いが浮かんだ。
「保憲様 人を喰らえば鬼になります。
あなた様は賀茂の家を継ぎやがて陰陽寮の頭になられるお方でございます。
それを捨ててまで鬼になるお覚悟がございますか?あなた様にはこの晴明を喰らう事はできますまい。」
「ふっ 確かにな。しかし晴明 最後まで気を許すのは危険なのだと言うことは覚えておけ」
保憲の言葉に晴明の頬がほんのり染まった。
「晴明?いかが致した?」
保憲が晴明の顔を覗き込む。
「保憲様」
晴明の声が消え入るように聞こえてくる。
「どうしたと言うのだ。どこか具合でも悪くなったか」
「あの・・」晴明が保憲を見上げながら羞恥を押し隠すように言葉を繋ぐ。

ー この顔が堪らぬのだよ。今に何人の姫や貴人の女人が心ときめかせて文を競う事になるのやら ー

「保憲様・・・ 重ぅございます」
晴明の声にハッと我に返る保憲。
確かに自分の全体重を晴明に乗せていた。
「すまん」
保憲が袖の中に包み込むように晴明の華奢な身体を抱き起こした・・筈であったのだが気がつくと目の前に晴明の顔が間近に有る。
「止めよ 晴明」
保憲は叫んだつもりなのだが思うように声にならない。
首元へ晴明の白く細い指が食い込んできている。
「保憲様 形勢逆転でございますな」瞳の光が挑むように強くなる。
晴明のもう一本の腕はどこに?と目で探す保憲。
探しているその右手は高く掲げられ指先が自分にしっかりと向けられている。
その細い指先はいつでも呪が討てるよう一寸の揺るぎも無い。
「せっ晴明 止めよ」
「保憲様の仰せの通りにしたまでの事でございます。
妖し・物の怪・鬼に対峙したら止めを刺せ・・でございましたな。」
微かに声に笑いが含まれている。
「俺は妖しでも物の怪でもない」
保憲はこの場を逃れる手段はないものかとしきりと考えを巡らすのだが喉元に食い込む晴明の指には隙も無い。
「保憲様 私があなた様を喰らいましょうか。
都には何の未練もありませぬ。鬼になろうが妖しになろうが悲しむ人泣く人もこの世には居りませぬ。
優れた能力を持つ者の血肉を喰らえばその能力も共に頂けるそうでございます。
保憲様を喰らって都一の鬼になりましょうか」
ゾワッと冷気が背中に走るのを保憲は感じた。
「こいつ 本気なのかも知れぬ」
「やっ止めよ」
保憲の制止する声も空しく喉元に晴明の顔が近づいてくる・・・

「戯言はいい加減にせぬか!」
凛とした響きの声に保憲も晴明も熱から覚めたように濡縁に視線を向ける。
何時の間にやってきたのか・・・
濡縁には忠行の立ち尽くす姿があった。

季節は間もなく冬を迎える。
気の熟すまで間もなくなのである

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