昨夜からの雪である。
見渡す限りの風景は白一色に染め上げられ音も吸収され風もない。
------- 間もなく時が満つる。気が重なる ------

濡縁の半分ほどが雪に覆われた中で晴明は己の心と対峙していた。
ー 今を逃してはならぬのは確かな事。しかしこれを開いたら私は何になるのか。
鬼になるのは構わぬ。師匠様が討ちに来て下さるまで人でも喰らっていれば良いのだからな。
しかし・・泡になるやも知れぬ。せめて露ほどにはなりたいものだが -

ふっと笑ってみる。
ー 何を考え込んでいるのだ。鬼になろうが泡と消えようが誰の心にも残らぬのは同じこと -

気が重なる・・・
スッと腰を上げた晴明は濡縁から降りて雪の上に立った。
静かに瞳を閉じる。
長く豊かな睫が心なしか揺れているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「・・現」穏やかな声が響く。
併せられていた両の掌を開くと陽炎のように立ち昇る光。
「・・開」
陽炎のようであった光はパッと五方向へ飛び散る。
「・・征」
五つの輝きの珠の天上を押さえて晴明の声が続く。
「生・剋・和・侮・乗」
一つ・また一つ・・そして次の珠へ・・晴明の白く細い指が確認するように押さえて進む。
音も無い空間に見事に浮かび上がったのは桔梗の印。
強い光を帯びた晴明の瞳がそれを確認する。
唇に右手の指を当てると天将を呼び出す作業に入った。
「騰虵・朱雀・六合・勾陳・青龍・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空・」
陰陽道の十二天将である。
「・・・召喚」
晴明の声に十二の姿が晴明を囲むように現れる。
「汝ら須らくこの印を持ちたる者と意を同にして印を持つ者がこの世を去るまで守護し使役されるを好しとするを誓願せよ」
晴明の声に力が加わる
凛とした声は雪に吸い込まれることも無く辺りに響く。
十二の姿が跪くのを見て取った晴明。
「撃・・」
ササッと飛び出す十二の姿は人の目には留まらぬ速さである。
辺りに積もっていた雪が怒涛のような音をたてて崩れ落ちてくる。
押し寄せる雪崩が晴明を押し流そうとした瞬間ピタッと流れを止めた。
「隠・・」
何事も無かったように穏やかな表情で発した言葉と共に十二の姿は消え去って言った。
ホゥーッと大きく息を吐き出すと再び表情を引き締める。

「・・慈」
新たな声を発しながら五つの珠を押さえて行く。
「正・天・慧・法・真」
再び桔梗の印を空間に作り出した後呼び出すのは大日如来の元で働く十二神将である。

「宮毘羅・伐沙羅・迷企羅・安底羅・頞儞羅・珊底羅・因達羅・波夷羅・摩虎羅・真達羅・招杜羅・毘羯羅」
仮にも神の領域に存在する神々である。
心を奮い立たせるように晴明は発する。
「招喚・・」
晴明の周りに現れたのは黄金色に輝く十二の様々な姿

「森羅万象遍く照らす大日如来に仕える神々よ。
この地は大日如来の本願地である。
前には恒に従う摩利支天もおられる。
只今この時よりこの地において桔梗の印を保ち操る者と意を同と成し付き従う事を誓願せよ」

晴明の声に黄金色の輝きが晴明を包み込む。
「恕・・」
黄金色の輝きは広がり辺りに砕け散っていた雪を覆い隠しやがて静かな雪原と化して行く。
最早見える風景は穏やかな冬である。
「翔・・」
黄金色の輝きは空に向かって昇りながらその色を消し去って行く
見上げる晴明・・・その時記憶の中の何かが弾けるのを感じた。

ー あの時 -
母様は確かにこう言った。
ー そなたは神になる -

まさか・・な
いや確かに・・・それにしても まさか・・な

苦笑いを浮かべながら濡れた足を気にするでもなく庭から上る晴明であった。

彼が真の神となるのはもっとずっと後の事でございます

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