自らの意思でこの土地を訪れる事は決して出来る事ではない。
神に呼び寄せられた者だけがこの地にたどり着くことが出来るのだ。
遠い昔 八咫烏に化身した賀茂建角身命が導いた男はやがて大和の宗教的権力者となった。
その者が十種の神宝の内の珠をこの地に納めたとも伝えられる。
時が下れば賀茂の小角がこの地に如意宝珠の玉を埋めたとも伝わる・・・
この地は人が人の身のままでたどり着く事は出来る限界なのだ。
つまり・・神の領域と隣り合う場所であり人が容易に足を踏み入れる事が出来ない所だと言う事だけは確かである。

その場所へ一人晴明は登ってきた。
この地は結界守護の御法を祀るとも言われており結界内の森は人に荒らされた気配も無く清浄な空気に包まれた真に聖地であった。

玉置から更に東南に尾根伝いに歩く。
歩を止めた足元は断崖絶壁であり遥か眼下には真夏の陽射しに輝く深い森がどこまでも続くのであった。

ーあの時ーと晴明は記憶を追う。
母様は愛しい想い人を連れて行く為に戻ってきたのだと言った。
しかしそれは私ではなかった。
母様は全てを私に渡すと言ったが愛しいとは言わなかった。
そして想い人と言う者と都から立ち去って二度と私の元へ戻ってくることは無かった。
私は母にさえ愛されもせず捨てられた身なのだ。
母に愛されないものが他に誰に愛されると言うのか
しかし・・・私はここまで来てしまった。
ーあの時ー と思う。
母様は最後に言った
「これを思い通りに使えるようになった時そなたは・・・になる」
確かにそう言った
我に戻ったとき手の中に有ったのは硬い小さな珠であった。
しかし私が何になるのかが思い出せないままこの地に足を運んできた。


結界内の森に拝所のように置かれている平らな石の上に晴明は座した。
「ここへこれを届ければ良いのだと思うのだが」
晴明は手のひらに乗せた小さな珠をそっと岩坐に置く。
「これで間違えは無いと思うのだがこれから先何が起こるのかは定かではない。」
小さな珠はそこが元々の居場所だったかのように小さなくぼみに収まっている。
「しかしこの石はなんと冷たい事だ」晴明は座していた石に手を添えた。
夏の陽射しは朝から続いている。
石は当然この陽射しに晒せれて居たはずなのだ。
しかし明らかに周りの土よりも冷たい。
「ここは居心地の良い場所だ。
誰が待っているでもない。このままここでこの石に同化出来るものならばずっとここに居たいものだ」
晴明は両の手で石の表面を撫でながら一人呟く。
「なんとも心地よい」
晴明は石の上にうつ伏せになるとじっと目を閉じて時を過ごした。
ー心地よい 本当に何時までもこのままでありたいものだ。話に聞く胎内と言うのはこう言うものなのかも知れぬ」

何時までもじっと伏せている晴明のすぐ脇でそれは起こっていた。
先ほど置いたはずの小さな珠が青く光を発し始めていた。
その光に導かれるように地の中から小さな珠が一つ・もう一つ・・・
互いに輝きを増し始め陽射しの中でもはっきりとその光は判るようになって行く。
やがて三つの珠は互いに寄り添い一つの光となって晴明の身体を覆って行くのであった。
光は穏やかな輝きのまま晴明の中へと姿を消した。
その事に気がつくことも無く時は過ぎていく。
森の木々を微かに揺らす音だけが響く静寂の中で晴明は深い眠りに引き込まれて行った。

ーここで終を迎えても構わぬのだ。やがて全ての人の記憶から私はすぐに消え去るーー

夏の陽射しはどこまでも強く晴明の身体を照らしている

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