ちょいちょい
 ゆらゆら

自分の机の前で資料を広げていたペンギンは目の端で何かがゆれている気配を感じた。
なんだろうか?っと眼を上げればキッチンのドアが小さく開いていてその隙間から節子さんが手をひらひらとさせている。
呼んでいるんだなっと判断したペンギンはさり気なく席を立つとキッチンへと向かった。
何しろ探偵長は来客中である。
ここで話の邪魔をするような音を立ててはいけない・・・

ドアの隙間から身体を滑り込ませるとそっとドアを閉めて節子さんを見上げれば視線がチラチラと依頼の話をしているらしい客のほうへと投げられている事に気がついた。

「どうしたんですか?」
囁くように言えば
「あの人・・・30分も遅れてきた。」
先ほど珈琲をテーブルに出して戻ってきたばかりのようでまだ湯気の立つ珈琲メーカーが美味しそうな香りを漂わせている。
「あぁ そうでした。時間は守って欲しいものですね。」
ペンギンは自分のマグカップに珈琲を注ぎながら小さく応えた。
「時間にルーズな人の話って信用ならないな。」
節子さんも同意のようだ。
いや それが不満でペンギンを呼んだのだと思われる。
探偵長も内心は同意のようだったらしく体よく話を治めると慇懃に客を送り出してしまった。

「いいんですか?」
気に食わない客でも依頼主である。
引き受けないといけなかったのではないかっとペンギンと節子さんは心配そうに探偵長を見た。
「時間を気にしない人って言うのはね。」
探偵長が苦笑いながら言った。
「結論は自分で持っているのさ。他の結論は認めないし聞かないものさ。」
「そういうものなのですか?」
「そうさ 本当に相談に乗って欲しいなら時間より早く来たりすることはあっても遅れることはあまりないと思うよ。」
だから話を合わしてさっさと終わらせたと探偵長は言う。
「さてっと・・・気分転換にクイズを出すから解いてごらん。意外と簡単だと思うから。」
言いながら探偵長は自分の机の上に京都市の地図を広げた。
ペンギンは自分専用の椅子を移動させて立ち上がり上から覗き込んだ。
何が始まるんだと言うように節子さんは斜めから覗き込む。

「梁塵秘抄」って知ってるよね。 探偵長が徐に言った。
「は?」節子さんが顔を上げて首をかしげる。
「後白河法皇ですね。」とペンギン
「あっ!その人なら知ってるわ。天狗だって頼朝が言ったとか・・」
節子さんの知識は断片的に纏まっているようだ。
苦笑いをしながら探偵長はもう一度地図に視線を落とす。
「清水寺は?」
「馬鹿にしないでよ。京都にいて清水寺を知らない人はいないわよ。」節子さんは探偵長を睨んだ。
さすがにここは知っているらしい。
「その清水寺にね。後白河法皇が出かけたんだ。 その道筋が梁塵秘抄に書いてあるんだけど・・ここからがクイズだ。」
「地図でたどるって事?」
「さぁ。行けるかどうかまずは確かめて見る所から始めようよ。」
探偵長は言いながら指で清水寺と書かれている場所を押さえた。
「ここへ行くんだけど・・・」
言いながら指を移動させる。
「出発点は五条だ。正確には京極から下るって所からなんだけど・・・まぁ いいよね。」
「そのように梁塵秘抄って書物に書いてあるって事ですよね。」
ペンギンが確認した。
「あぁ その通りだ。」 探偵長が頷く。

昔々・・・・ 探偵長の声が部屋の中に響く。
何にも持たずに話を続けるのだから頭の中できちんと整理されているのだろう。

「京極通りを南に下って五条まで行く。 あぁ西京極でも新京極でもないよ。スタートは東京極だ。」
探偵長の声に節子さんの指が揺らいだ。
「ひっひがし?」
「今の寺町通の事だと思って大丈夫です。」
ペンギンが上目で探偵長を見ながら確認する。
軽く頷くと探偵長は話を継いだ。
「五条通に来たら東に向かい鴨川を渡る為に石橋を渡る。 この橋は昔から石橋だったんだよ。」
探偵長の言葉をなぞるように節子さんの指がすすす・・・と五条大橋を渡っていく。
「なんだかこっくりさんみたいね。」
節子さんの呟きにペンギンが笑った。
妙なことは良く知っている。
「五条の橋を渡るとすぐに六波羅密寺・愛宕寺・・これは今の珍皇寺だけど・・・これらの寺があり八坂寺を過ぎて清水寺に出る事になる。と法皇さんは綴った。」
ここまで言うと探偵長は地図に視線を移した。
節子さんの指が鴨川を渡ったところで止まっている。
「どうしたんだい?」
「変です。五条の橋を渡った先にそんなお寺は無いです。」
節子さんの指先がふらふらと彷徨っている。
「そのお寺なら・・ここに。」
ペンギンが言いながら地図の上側つまりは北にあたる方へ手を置いた。
ふふ・・ ついでに含み笑いまで添えられた。
「法王さんの書き間違えって事?それとも記憶違いで記しちゃった。」
節子さんの呟きに探偵長とペンギンが堪えきれずに吹き出した。
「何よ。二人して。」
睨まれると結構迫力がある。
言っても良いか?と問うようにペンギンが探偵長を見上げてくる。
コホッコホッと空咳をしながら小さく頷く探偵長。
「これはね。節子さん。」 言いながらペンギンが地図を指す。

何の事は無い話なのである。
後白河法皇の時代と現在とでは五条通が違っているのである。ただそれだけ。
当時の五条通は今の松原通に当たる。
今の五条通より上流になる。橋も当然同じ理由で松原橋が五条橋であった。
どうしてこの様なことになったのかはまたの機会に譲るとして話を進めると・・・
松原橋を渡って行けば自然と続く道筋に件の寺は存在する。探す手間も要らない。
そこを過ぎれば清水坂である。

「なぁんだ!何かつまらない話よね。」
節子さんは腕を組んで二人をにらみつけた。
「そもそも・・君はどうしてこの街にやって来たんだい?」
探偵長が訊ねた。
「あたし?あたしは旅行者よ。長期旅行を許可されているの。だから気に入った所へどこでも行くわよ。」
「あぁ!そうなんですか。私のように調べ物に来ている訳ではないんですね。」
ペンギンが納得したように首をこくこくっと縦に振る。
「そうよ。だから面倒なことはいいの。まぁ興味を引けば調べる事くらいはするけど・・」

ふんふん 成程

探偵長とペンギンが無言で納得している。
そこへドアホンが響いた。
「おや?今度のお客様は時間に正確のようだ。」
探偵長が顔を上げてドアに視線を向ける。
「お仕事 お仕事。」
言いながらドアを開けて来客を招き入れる節子さんの顔はしっかり秘書になっていた。

節子さんの爽やかな声が響く
   ようこそ街の探偵事務所へ


今日も適度に忙しい
時間が有る時にでも松原橋を渡ってみようっと節子さんが考えたかどうかはさすがの探偵長にも見抜けなかった。







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