色づいた木々の葉がはらはらと風に誘われて舞っている。
もう残り少なくなっているそれらの葉は身を冷やす風に撫でられた後に更に冷たい川の流れへと身を投じて行く。
辺りは稲も刈られた後でやがて厳しい冬に移ろうとしていた。

カツーンッ!! ガッ!

硬い物がぶつかり合う音が静かな河原に響き

バシャーン!

何かが川の中へと落ちた音もする。

「ほれっ!そのような事でどうする。」
若々しい声と共に者を掃う音が響きバシャバシャッと川の流れに逆らう音が続く。

「やっぱり若には敵わないよ。降参だ。」
一番年嵩と思われる子供が声を上げれば 傍に腰をついた二・三人の子供が声に反応してこくこくと頷いた。
脛も露にして手に切り落とした大枝を掴み叱咤する声の主を見上げている。
年嵩の子供は平助と言う。少し細身の子供は蓑吉 ぽっくりとした子供が末吉と言いみなこの土地の農家の次男であったり三男であったりする。

ふん!
子供の声に鼻を鳴らした主もまだ元服前であろう、こちらは武士の子供のようであった。
若と呼ばれるからにはそれなりの家なのかも知れない。

「そのような事では家族は護れんぞ。座り込んでいないで討ちかかって来い。」
若と呼ばれる子供は手にしていた長い丸木を振り上げて辺りにいる農家の子供たちを睨み返した。
「まったく・・吉法師様は手加減をしてくれないから・・・」
末吉が頬を擦りながら言った。
見れば打たれたか頬が赤くはれているようだ。
「お前たち解っているのか。敵は手加減などしてはくれぬぞ。」
吉法師と呼ばれた武士の子供はさも呆れたと言う風に子供たちを見回す。
「それだって・・・。」
農家の子供たちは何やら不満そうに俯いた。
「自分の身は自分で護らねばならぬ。力が無ければ殺されるだけだ。たとえ農家の者であっても・・だ。」
吉法師は言うと同時に丸木を再び振り上げた。
ひぇっ!!
子供たちは思わず両手で頭を抑えた。

あはははは・・・・・・

朗らかな笑い声が響いた。

葉が枯れ始めたこの季節にこんな山の中の河原に来る者は少ない。
来るのは毎日こうして丸木や大枝を使って打ち合うこの子供たちの姿だけであった。
「何者ぞ。」
吉法師は声の主を探した。

「うつけと聞いていたが噂は違わぬようだな。」
声に笑みを含ませて応えながら藪の中から姿を現したのは吉法師はもとより農民の子供たちよりも年下であろうと思われる童形であった。
「どこの寺の者だ。」
吉法師が問うのも無理は無い。
項の後ろで緩く束ねた髪は北風に揺らぎ身に着けている衣は寺稚児が着ている物に良く似ている。
毎日農働きをしたりこうして野山を走り回っている平太達とは違い透けるように白い肌と華奢に見える身体は日ごろ力仕事とは縁がなさそうに思えた。
「俺がうつけだと言われておるのは存じているがお前のような者に言われる筋は無い。」
丸木を携える右手に力が篭る。
ふん!
鼻先で笑うと童形の子供は吉法師を見据えた。

そもそも・・・・童形の子供は口を開くと言葉を継ぐ。
「この者たちはあなたが治めるべき領の民草であろう? ならば心の底から主を打ちに行くと思うてか?」
言葉に吉法師は思わず距離を置いて見詰めている農家の子供たちを見回す。
ふるふるっと子供たちは首を横に振っていた。
「いや・・しかし・・・これは鍛錬ぞ。」 吉法師は子供たちに言い聞かせるように言葉を継いだ。
「ならば・・・主がどれほどの者か。試してみなさるか。」
童形の子供は薄笑いを頬に刻みながら傍らの木からそっと小枝を摘むと
すまんな・・・・優しく声をかけポツン・・・折分けた。

「さぁ 主はどれ程お強いのであろうか。」
小枝を右手に持つと子供は莞爾と笑いかけた。
「そのような物で俺の相手をすると言うか。」
吉法師は手にした丸木を振り上げて子供に打ちかかる。
バシッと音がして脇腹に衝撃が走った。
「ほれ そのような事で如何なさいます。」
幾分揶揄するような笑いを含んだ声がする。
小枝で脇腹を打たれたのだと理解するのに暫らく間があった。
「おのれ!幼童と思うて油断をしたわ。」
ニヤッと笑うと吉法師は丸木を握りなおすと再び打ちかかった。
「脇が空いておりまする。」
穏やかな声と共に反対側の脇を打たれ痛みに顔を顰める。

「そのような事では民は護れませぬなぁ。」
唇を引き締めた吉法師を子供は見下ろして笑う。
バッと地を蹴って立ち上がると吉法師は横から払うように丸木を打ち込む。
途端に頭の上を強したかに打たれた。
「我が頭頂を打つとは許せぬ。」
吉法師は子供を睨みつけた。
「敵は手加減はしてくれませぬ。座り込んでいる間はございませんでしょう。」
どこかで聞いたような言葉をかけられた。
「さぁ 如何なさいましょう。」
首元に小枝が突きつけられて吉法師は不貞腐れたように視線を外す。

「ほれ その様だからうつけと言うのでございますよ。」
子供の声に吉法師は顔を上げて視線を投げた。
「所詮は上の者の戯れでございましょう?それであなたは満足か。」
子供の言葉に吉法師は違う!っと首を振った。

「ほぅ?違いまするか。」 揶揄するように息を吐きながら子供は吉法師を見下ろす。
「当たり前だ。俺は俺の元で俺と共に戦う者が欲しいのだ。」
「領を治めるお方の若様でございましょう?今更素人の兵など必要でございますか?」
子供はうっすらと笑みを刻んで遠巻きに見ている農家の子供たちに視線を投げた。
「兵では無い。共に戦う仲間だ。」
「仲間?」
子供は眉を歪めて問いかけるように吉法師へと視線を戻しす。
吉法師や農家の子供たちとは明らかに違う白い肌に弱い陽の光があたりその白さをいっそう際立たせていた。
「そうだ。上から言われて動くだけの兵など必要となれば金で雇うことも出来る。しかし・・な。己で考え知恵を働かせ行動する者は金では雇えぬ。」
「うつけの若にしては良いお考えでございますな。」
子供の言い様に腹を立てる素振りも無く吉法師は髷の後ろを指で掻く。
「もっとも・・・今の俺には兵も満足に揃わぬが・・・」
「それで毎日がこの有様と・・・」
白い肌の中で唯一色づく薄紅色の唇が僅かに開いている。
あぁ これは本当に苦笑しているのだと吉法師は理解した。

「吉法師様。」
薄紅色の唇から己の名を呼ばれて思わずその唇を見詰めて吉法師は
「なんだ。」 と応えた。
「善き事をお教えいたしましょう。」
「善きこと・・であるか?」
「はい。その前に・・・」
白い貌がくるりと向きを変えて事の成り行きを息を呑んでみている子供たちに問いかける。
「あなた達は・・・どのような気持でこの吉法師様と打ち合いをなさっておいでか?」
じっと見つめられて子供たちはその強い意志を秘めた漆黒の瞳に魅せられた。
わたわたと肩を震わせながらもはっきりと首を縦に振った。
その中で一番年高の平太が代表するように口を開く。
「俺たちは・・少なくとも俺は若様に媚びて相手をしている訳ではないです。」
その声につられる様に蓑吉も末吉もこくこくっと首を縦に振って同意を示す。
「俺たちはみんな百姓だ。何時戦になるかも知れず何時死ぬかもわからない。
それでも田畑を耕すが長男でもないからあまり当てにもされない。」
「だから強くなりたいんだ。」 「若様は差別をしない。百姓でも戦えると言ってくれた。」
子供たちは口々に思いの丈を発する。

「うつけでも人を魅了する・・・か。」
涼しげな眼差しを吉法師に向けてぽつんと呟く子供の髪が折からの風に翻る。
「俺は共に戦える仲間が欲しいのだ。それが俺の望みだ。」
吉法師は平太たちに視線を投げると己に言い聞かせるように言葉を継いだ。

では・・・
童形の子供は辺りを見回すとついっと川の畔に足を運ぶと身長よりも長い女竹を拾い上げると戻ってきた。
トンッ
女竹の元を地面に立てて平太達と吉法師を見る。
「そんな長い竹をどうするんだ?」 蓑吉が小首を傾げながら言った。
「こうするのさ。」
童形の子供は右手で竹の元に近い部分を握ると 
すすすす・・・
左手を竹の先に近いところへと滑らす。
空を指していた女竹は水平になり過たずに吉法師の顔の先に突きつけられた。
「これだけ長ければ若の丸木と言えども届かぬであろう?」
童形の子供は笑みを刻んで吉法師を見詰める。
「後ろから来られたらどうするんだ。」
末吉は言うが早いか子供の背後へと近づいた。
ふっと口元に微苦笑を浮かべながら子供は応えた。
「こうするのさ。」
声と共に末吉は地面に尻餅をついていた。
「どうだ?」
子供の声に見れば吉法師の眼前に合った竹は子供の背後へと移動し竹の元で末吉を突いたのだと解った。

「なるほど・・・先と元を使うか。」
吉法師は感心したように顎を擦っている。
「だがな・・・」
吉法師は竹の長さを目で測りながら言う。
「この様な長さでは扱いが難しかろう。」
「試されますか?」
童形の子供はなんでもない事のように片手で竹を縦にすると平太に向かって投げた。
おっ?おぉ!!
平太は慌てて受け取るとぐっと腰に力をこめて持ちこたえる。
「ほれ・・あのような童でも持てる。なぜなら民草であるからよ。」
童形の子供は当然と言うように視線を吉法師へと戻した。
「あの者たちは農働きをしていると言った。田の中は泥濘との戦いだ。腰が弱くてはやっていかれぬ。」
子供は平田から竹を受け取るとひょいと吉法師へと投げた。
受け取ったつもりであったが吉法師の身体がぐらり・・・揺れた。
「鍛錬が足りませぬな。」
皮肉るように子供が言う。
「若様は農働きはしないから。腰の使い方なんか知らねぇんだ。」
「おれたちが教えてやるよ。」
「そうだ。戦の仕方は若様が教えてくれるのだから竹の持ち方はおれたちが教えてやるさ。」
平太 蓑吉 末吉が口々に嬉しそうに言う。
「おまえ達が俺に教えると言うか。」
戸惑うように吉法師が言えば「それが仲間って事だろ。」と子供達は屈託無く笑う。

「平太と言うたな?なかなかに聡いではないか。」
ほん・・
平太の頭を軽くたたくと子供は微笑んだ。
「このおつむりを働かせる事が大事であると言う事さ。闇雲に討ち込むだけが戦ではない。」
言いながら視線を吉法師に戻す。
「そういう事ではないのか?」
子供の声に吉法師は頷いた。
「そうだ。その通りだ。俺はそのような者を望んでいる。」
「で有りましょう。」
子供は花が開くように笑った。

「真に善きことを教えてくれた。礼を言う。ところで・・・」
吉法師は左手で髷の後ろを掻きながら問うた。
「おまえの名前をまだ訊いていなかったように思うのだが・・・」
悩ましげな視線が吉法師に向けられた。
「我が名は・・・かげろう。」
薄紅色の唇から声が小さく溢れ出る。
「影朗・・・であるか?」
咀嚼するように吉法師が言われた言葉を繰りかえす。
何とも言えない複雑な笑みが子供の片頬に刻まれた。
「されば・・鍛錬なさいませ。 心の通い路が開くと宜しゅうございますな。」
子供の姿は引き止める間も与えず竹薮の向こうへと消えて行った。

こうして吉法師は行き先を定めたように民草の中の子供達を集めては鍛錬に勤しむ。
五人 六人 十人・・・その数は次第に増えて行き拾い集めた長竹は長棒に代わり・・・

吉法師は元服をして信長と名乗りを上げたのであった。
まだ父の庇護下にある十三の頃である。
















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