王の代替わりの時 西の都の帝と呼ばれる者が交代したとき 
その他・・・良きにつけ悪しきにつけ北の国からは都へと献上が為された。
胆沢の監視は少々窮屈ではあったが争いが起きるよりはずっと良い事だと北の国の人々は考えていた。
一度争いが起きれば民の命は奪われ畑は荒らされ森は焼き払われてしまう。
そうなれば日々の食べ物にさえ事欠く事となる。
家族を失った者の哀しみを思えば献上品の数など比べようも無いくらい微々たる事だ・・・
しかし この理不尽な窮屈を開放へと向かわせることは出来ないか?そう考える物もまた出始めていたのである。
西からやって来た名前もわからぬ役人達の中にも広く豊かな北の大地に魅せられる者も出てきた。
交代の時期になっても西へは戻らず北の大地に住みつく者が出始めたのである。
西の国からは「東国」と呼ばれている地域で何やら不穏な動きが出始めているのを北の王は耳にしていた。
この動きは当然のように西の国でも情報を得ていたようである。
肉体労働とは縁のない西の国の者たちは北の国・東国が手を結んで兵を挙げることを恐れた。


北の国の王は無闇な争いを起こさぬように人々を諌めていた。
ただ民の命が奪われる事態となれば何より先頭に立って突き進む覚悟は持っていた。

そんな或る日のことである。
胆沢の兵だった者でこの大地に住み着いていた一人の男が王の屋敷を訪ねてきた。
王の側近であった稀名とは歳も近く何かと話が合う為に訪れは珍しい事でもなかった。

「稀名・・」 男はそっと耳打ちをするように顔を近づけてきた。
「どうしたのだ?」 訝しげに稀名は首を傾げた。
「胆沢の城にいる者からの噂なのだが・・・。」 男は言いにくそうに話す。

・・・・胆沢の城にいる兵は定期的に交代をする。 任期が終われば西の都へと戻って行き新しい兵がやって来て任につく・・・

「それでな・・間もなく今の兵達の任期が終わる。 その時に何やら一波乱有りそうなのだ。」っと男。
「何が起きると言うのだ。我々は謀反を起こす気も無いし争い事は好まん。」
稀名は憮然として言った。
「あぁ それは俺もわかっている。 しかし・・朝廷はそうは思っていないようだ。」
「たしかに東国の方ではなにやら動き始めているものもあるようだが・・・」
「困った事なのだが・・・朝廷から見れば東も北も同じ蝦夷なのだよ。」 男は溜息混じりに呟いた。
「とにかく悪いことが起きなければ良いのだがな。俺はこの大地が好きなのだ。」
男はそう言い置いて戻って行った。

・・・今は戦はしたくないな・・・ 稀名は思った。
王の跡継ぎがまだ幼かったからである。
人々はこの幼子を「神子」と呼んでいた。
それは最初の王のように透けるような白い肌を持っていたからであった。
もちろん人々は最初の王を見たことは無い。
今や伝説となりつつある王の姿であるが人々は語り継がれる初代の王を崇めていた。
この幼子は碧き瞳を持っている訳ではない。
ただ・・自分達より幾分薄い色の瞳の奥に海の底の様な藍の光を時々浮かべるのである。
・・・この神子を護って行かなければ北の大地はいつか荒れ果ててしまうかも知れぬ・・・
稀名はぎゅっと唇を噛み締めていた。


稀名の思いも虚しく戦は突然始まった。
西の都からどの様な指示が出たのかは解らぬが任期を終えようとしていた胆沢の兵が王の屋敷を突然襲ったのであった。
不意を疲れた北の国は軍を整える間もなく次々と兵が倒されていく。
稀名は幼子を抱え屋敷を抜け出し神の山へと向かった。
そこには巫女が待っているはず・・幼子を預けて自分も軍に戻って戦う心算であった。
神の山には女人と年老いた者達・民の子供も集まってきていた。
稀名は巫女に「神子」を手渡すと踵を返して山を下ろうとしたのだが麓に上がる炎と傷つきながらも駆け上ってくる一人の兵士を目に留めてそこに立ち尽くした。

王は敵の矢に討たれ后も後を追った・・・
もうこれ以上の被害を出すことは出来ない
稀名は神の山に人々を残し麓へと下ろうとしたのだがそれを一人の老婆が引き止めた。
「あなたを一人で行かすような事はできません。 ここは私達みんなの国です。行くのなら共に・・・」
老婆の声に他の人々も声を上げた。
「私達は戦は好みません。 都への献上を厭う物でもないはず・・国の民が皆で申し上げればきっとご理解頂けるはずです。」
・・・いや・・・理解していないから此の度の襲撃となった・・・・
稀名はそう考えたのだが人々の声は止む事が無かった。

「それでは・・・巫女様と神子様はここに留まってください。」
稀名は押し切られるように伝えた。
「いいえ!私も行きます。」 ずっと黙っていた幼子が声を発した。
「なりません! あなた様がいなくてはこの国の先はございません。」 稀名は強い声で遮った。
「国は皆のような民がいれば栄えましょう。 私も王の血を継ぐものです。皆と一緒にこの国には二心の無いことを申し上げたいのです。」
「それでは・・神子様。 この私が良いと申し上げるまで決して皆の前には出ませんように・・」
僅かに首を縦に振った事を稀名は承諾と受け取った。

こうして稀名を先頭に神の山にいた人々は麓へと下っていった。
人々の群れの中に護られ幼子の姿は回りから見えることは無かった。

麓には胆沢の城の兵士が北の兵を包囲するように立っていた。
ある者は手に矢を番え ある者は抜き身のままの太刀を構えている。
北の兵は傷つき誰もが流れる血を止める事も出来ぬまま蹲って肩を震わせていた。

「おまえがこの大地を治めるものか?」 城の兵士の中の大将らしき者が言った。
「いいえ。」 稀名は努めて冷静に応えた。
「この国を治めていた王は戦にて亡くなりました。」 稀名はしっかりと相手の視線を捉えて告げる。
「そうか・・・では この国を戦へと駆り立て都へ謀反を企てるものは誰もいないと誓いを立てるか。」
大将らしき男は嘲るように言った。
「申し上げます。 元々この国は争いを好みません。 都への献上も欠かさず行って来ました。
この国が自ら戦を起こすなど決して有り得ません。」
「そうか・・それでは その証を見せてみよ。」
大将の言葉に稀名の方がピクッと跳ねた。
「如何様にして証を示せば宜しいのでしょうか?珍しき物や穀物等で宜しければ整えまして都へと献上させて頂きます。」

「それでは今までと変わらぬ・・・この国が決して謀反を考えぬという証を出せと申しているのだ。」
大将の声に稀名はふっと視線を逸らせた。
「思い当たるものが有る様ではないか。」 大将の顔に冷酷な笑みが浮かぶ。
人々の視線が僅かに揺らめいているのを大将は見逃さなかった。

蹲っている人々が護るように匿われている小さな姿を大将は眼にとめた。
「そこにいる者を差し出せ。」 大将は迷わず稀名に告げる。
ザワッと人々が動いて小さな姿を大将の眼から遮る。

・・・・当たりか・・・ 大将は嘲るように笑みを浮かべた。

「まだ幼き童にございます。親元から離して暮すはあまりに哀れ・・・どうぞお見逃しくださるように・・」
稀名は頭を垂れて大将に言った。
「都に逆らわぬのでは無かったか?」 大将は嬲るように応えた。
「そもそも・・その幼子とやらの親は誰だと申すか。此度の戦で討ち死にしたのではないのか?」
大将は稀名へと言葉を継ぐ。
「そのように誑かそうとしていては謀反をせぬと言う言葉も信じることは出来ぬ。」

「この国に二心はございません。 なれど・・」 稀名の声と同時に兵士が幼子に向かって歩み寄る。
それを見て一人の女人が幼子を抱いて走り出す。
歩み寄った兵士は一言も発せず女人を太刀で斬り捨てると幼子を小脇に抱え上げた。
身体から血が噴出した女人は声も発せずに大地に臥し倒れもはや息もしていなかった。
「なんと・・無体な・・・」 稀名が唇を噛む。

「真 二心が無い証にこの者を都へ連れて行く。異存は無いな。」
大将の声が冷たく響いた。

北の大地の人々の脳裏に浮かぶのは都へ連れて行かれて処刑された勇者たちの事・・・

・・・神子も都で処刑されるのだろうか・・・・神子がこの国に戻ることは無いのだろうか・・・

「どうか・・どうか神子を・・」 稀名は思わず立ち上がって手を差し伸べた。

タンッ!!!
乾いた音がして稀名は肩を矢で打ち抜かれていた。
「稀名!!」 小脇に抱えられたままの幼子が初めて声を出した。
ガリッ!!
知らぬ間に幼子は己を抱きかかえている腕に歯をたてていた。
痛さに兵は思わず幼子を手放す。
「稀名!!」 幼子は駆け寄って肩に手をあてた。
「神子・・・」 稀名は袖でその小さな身体を覆った。
城の兵士の間に剣呑な空気が流れ今にも襲い掛かる勢いで太刀を振り上げている。

幼子は身体を大将に向けて見上げた。
「この国は謀反など考えたこともありません。 私もあなた方について参りましょう。
もうこれ以上この国の民を苦しめるようなことは為さらぬ様お頼みするだけです。」
幼子は振り上げられた太刀にも大将の威圧にも臆せずに言葉を紡いだ。
再び身体の向きを戻すと幼子は民を見回した。
「決して絶望してはなりません。 私もいつかここへ戻ってくる事だけを考えます。」
北の国の人々はその時初めて幼子の瞳が碧く輝いているのを見た。
・・・この神子は・・・真に我等が望む者であったか・・・・

北の民が失った物の大きさに胸を押さえた時には城の兵士達はその場を立ち去るために歩みを始めていた。
火を架けられた屋敷は燃え上がる煙が時折流れてきて立ち去る兵の姿を遮る。

立ち上がることも出来ないまま潤む稀名の瞳の中に映る幼子の姿が小さくなって行く。
・・・いつか・・・必ず・・・・


・・・・・豊かな大地が何所までも広がっていた。

まるで無限かとも思われるほど果てしない大地に森人は森の恵みを愛し


  里人は里の多様さを愛で・海人は海の広さを誇りと思った。


人々が憧れて止まなかったのが湖沼の碧 空の青 海の蒼・・・



果てしなく続く広き大地に何事も無かったかのように風が吹き渡っていく


 

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COMMENT

北国への賛歌、古代に展開の壮大な<ロマン>を読ませていただいているような気持ちにさせてもらっています.

 初編に「北の国々の民は手に入る物より他に求めることはしない」。「しかし西のその国は己に無き物を求め更に西へと広がりを見せて手に入れる為の戦を繰り返しているのだ」。

 次編で「北の国の王は無闇な争いを起こさぬように人々を諌めていた」「ただ民の命が奪われる事態となれば何より先頭に立って突き進む覚悟は持っていた」。

 かく話題を広げていただき、「東北」の培ってきた潜在能力に<光彩>をあててくださって.次の編を早く読ませていだかなくて、わ.

 「どこを読ませていただいた?」.ご無沙汰をお詫び申しあげます.
freehand2007 MAIL 2016/05/28(土) 05:49 EDIT DEL
読んでくださってありがとうございます
東北は文明の遅れた土地・稲作の伝播も遅かったb・・・
これが今までの認識だったようですが「そりゃちゃうやろう」って思っています。
手間がかかる稲作にこだわらなくてよいほど東北は豊な土地だったと思います
5 ペン 2016/05/28(土) 07:45 EDIT DEL

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