「私の事を忘れないで下さいね。」・・か。
濡縁の柱に身を任せて晴明が独り言を呟く。
都大路での騒動からかなりの月日が経っていた。
結局二人の再会は実現しなかったのである。
晴明の元へやって来たのは成明の家令だけ・・
仰々しく訪れた家令は決ったとおりに挨拶を述べ決ったとおりに礼を述べた。
恭しく差し出したのは見事な布で作られた狩衣。
早い話が身分が違いすぎるから会う事はできないと言う事である。
狩衣は正式な衣服ではない。狩などに出かける時に身に着けるものであるから色の選択もかなり自由ではある。
「それにしても・・これはなぁ。」
少々愚痴っぽく贈られた狩衣を指で摘み上げる晴明。
「この様な布の物を普通の下人が着るかぁ。」
誰もいない濡縁で一人苦笑いする晴明であった。
幾月かが過ぎた或る日の事。
東寺の寛朝僧正から晴明の元へ文が届いた。
開いてみると東寺へ来て欲しいと言う内容である。
「会わねばならない用はこちらには無い。来いと言うのだから用の趣はあちらに有るらしいな。」
晴明はまだ無役である。特に何をしないといけないという事も無い。
呼び出されるままに東寺へと出かけたのであった。
「僧正様 晴明でございます。」
「これは晴明殿 良くいらして下さいました。」
滅多に顔も合わさぬ二人であるがこうした事はきちんとしている・・所謂大人の対応。
「僧正様のお呼びとあれば参上しない訳には参りませぬ。」
ホッホッっと人を刳ったように笑うと寛朝僧正はそっと晴明に近づいて耳元に口を寄せる。
「大きな声では言えませぬ。」と僧正。
「あれをご覧下さい。」と僧正が羅城門の端を小さく指し示す。
晴明はその指先を追うように羅城門へ視線を投げると門の東端に一人の若者が立っていた。
「あれは?」
「成明様でございますよ。」ニヤァッと僧正が笑う。
「成明様でございますか。立派にお成りだ。」
「先日の事です。成明様からどうしても晴明殿に会いたいと頼まれましてな。」
ふっ・・晴明の口の端に笑みが上った。
「僧正様からの呼び出しなら私が来ないはずは無い・・と。」
「日頃から大日如来に仕えるべき神将を使いたい放題なのでございますからな。」
僧正が皮肉っぽく囁いた。
「そのように仰られましても・・。」
晴明の瞳が伏せられるのを楽しんでいるような僧正であったがいつまでもこのような戯言言っていても仕方が無い。
「まぁ そのような訳でございますから早ぅ成明様の元へお出でください。」と晴明を促す。
「共の者たちには酒でも飲ませてごまかしておきます。多少の刻は何とでもなりましょう。」
「ご配慮ありがたくお受けいたしますよ。僧正様。」
こうして成明と晴明は久方ぶりに再会を果たしたのであった。
成明は僅かばかりの間に少年の面影は消えてしっかりとした若者に成長していた。
「本当にご立派になられました。」
晴明が眩しそうに見つめる。
「晴明殿 またお会いできて私は本当に嬉しいのだ。何しろ家令たちは身分 身分と煩くてかなわぬ。」
「成明様 この世はそうした物でございます。本来ならばこのように同じ場所に立つなど許されるものではありませぬ。」
今日の晴明は妙に分別くさい発言をする。
それでも二人は再会を心から喜んでいるのは確かであった。
突然地面が揺れた。
数年前に都を襲った大地震の余波が来たっと現代なら言うのであろう。
大地震の影響が残ったままになっている羅城門がまた揺れている。
「成明様。」「晴明殿。」
揺れで足元が定まらない成明はその場に座り込んでしまっている。
「暫しそのままで・・。」晴明は成明を抱えるように狩衣の袖で覆った。
揺れが収まったら東寺へ戻ろうと考えていた二人の頭上から大きな音がする。
ハッとして見上げると羅城門の屋根の一部が崩壊したのか砕け散って降ってくるのが見えた。
このままでは崩れ落ちて来る屋根の下敷きになる。「拙い!」長い呪を唱える猶予は無い。
瞬時の判断で晴明の掌が成明の胸を押す。
晴明は全ての気を成明に集中させた。
「顕神将・・抱翔!」
フワッと成明の身が宙に浮く。
「晴明 晴明。」成明の身体が静かに東寺へと飛ばされる。
舞い上がる土煙に遮られて晴明の姿が見えなくなる。
「晴明!」
大きく広がって行く土煙の中を晴明に向かって背後から漆黒の矢が疾のように駆けたのを成明の目が捉えた・・ような気がした。
「危ない!避けよ 晴明」
叫んだように思ったのだが声が届いたのかどうか・・
「成明様 成明様」
~誰かが私の名を呼んでいる。~
朦朧としていた意識が次第に戻ってくる
「大丈夫でございますか。」
ハッと気がつく成明の目の前に僧正の心配そうな顔があった。
「晴明は?晴明はどこにいる。」
身を起こした成明は辺りを見回した。
「お静かに。」僧正の指が成明の唇の前に立てられた。
「あの者はたいした男です。咄嗟の判断で神将を呼び出すことを選んだのでございますからな。
そうで無かったら成明様。あなた様はあの下でございますよ。」
言いながら僧正は羅城門の下に積み重なっている瓦礫を指し示す。
「晴明は 晴明はあの下だと言うのですか」
顔色を失う成明に僧正はそっと囁く。
「宜しいですか成明様。 そのような者は何処にもいなかったのでございます。」
「何を言う。先程まで・・。」
言い募る成明を押し止めるように首を振る僧正。
「成明様 お判りでございましょうが・・・今は成明様にとられて大事な時でございます。」
その言葉に成明はハッと顔を上げる。
「お解りになられましたね。成明様は先程から私とここでお話をしていたのでございますよ。」
僧正の顔に浮かぶ笑みはいつにも増して冷酷であった。
「晴明・・」
小さく呟く成明の声は突然の揺れで右往左往している人々の声にかき消され誰に届くでもなかった
濡縁の柱に身を任せて晴明が独り言を呟く。
都大路での騒動からかなりの月日が経っていた。
結局二人の再会は実現しなかったのである。
晴明の元へやって来たのは成明の家令だけ・・
仰々しく訪れた家令は決ったとおりに挨拶を述べ決ったとおりに礼を述べた。
恭しく差し出したのは見事な布で作られた狩衣。
早い話が身分が違いすぎるから会う事はできないと言う事である。
狩衣は正式な衣服ではない。狩などに出かける時に身に着けるものであるから色の選択もかなり自由ではある。
「それにしても・・これはなぁ。」
少々愚痴っぽく贈られた狩衣を指で摘み上げる晴明。
「この様な布の物を普通の下人が着るかぁ。」
誰もいない濡縁で一人苦笑いする晴明であった。
幾月かが過ぎた或る日の事。
東寺の寛朝僧正から晴明の元へ文が届いた。
開いてみると東寺へ来て欲しいと言う内容である。
「会わねばならない用はこちらには無い。来いと言うのだから用の趣はあちらに有るらしいな。」
晴明はまだ無役である。特に何をしないといけないという事も無い。
呼び出されるままに東寺へと出かけたのであった。
「僧正様 晴明でございます。」
「これは晴明殿 良くいらして下さいました。」
滅多に顔も合わさぬ二人であるがこうした事はきちんとしている・・所謂大人の対応。
「僧正様のお呼びとあれば参上しない訳には参りませぬ。」
ホッホッっと人を刳ったように笑うと寛朝僧正はそっと晴明に近づいて耳元に口を寄せる。
「大きな声では言えませぬ。」と僧正。
「あれをご覧下さい。」と僧正が羅城門の端を小さく指し示す。
晴明はその指先を追うように羅城門へ視線を投げると門の東端に一人の若者が立っていた。
「あれは?」
「成明様でございますよ。」ニヤァッと僧正が笑う。
「成明様でございますか。立派にお成りだ。」
「先日の事です。成明様からどうしても晴明殿に会いたいと頼まれましてな。」
ふっ・・晴明の口の端に笑みが上った。
「僧正様からの呼び出しなら私が来ないはずは無い・・と。」
「日頃から大日如来に仕えるべき神将を使いたい放題なのでございますからな。」
僧正が皮肉っぽく囁いた。
「そのように仰られましても・・。」
晴明の瞳が伏せられるのを楽しんでいるような僧正であったがいつまでもこのような戯言言っていても仕方が無い。
「まぁ そのような訳でございますから早ぅ成明様の元へお出でください。」と晴明を促す。
「共の者たちには酒でも飲ませてごまかしておきます。多少の刻は何とでもなりましょう。」
「ご配慮ありがたくお受けいたしますよ。僧正様。」
こうして成明と晴明は久方ぶりに再会を果たしたのであった。
成明は僅かばかりの間に少年の面影は消えてしっかりとした若者に成長していた。
「本当にご立派になられました。」
晴明が眩しそうに見つめる。
「晴明殿 またお会いできて私は本当に嬉しいのだ。何しろ家令たちは身分 身分と煩くてかなわぬ。」
「成明様 この世はそうした物でございます。本来ならばこのように同じ場所に立つなど許されるものではありませぬ。」
今日の晴明は妙に分別くさい発言をする。
それでも二人は再会を心から喜んでいるのは確かであった。
突然地面が揺れた。
数年前に都を襲った大地震の余波が来たっと現代なら言うのであろう。
大地震の影響が残ったままになっている羅城門がまた揺れている。
「成明様。」「晴明殿。」
揺れで足元が定まらない成明はその場に座り込んでしまっている。
「暫しそのままで・・。」晴明は成明を抱えるように狩衣の袖で覆った。
揺れが収まったら東寺へ戻ろうと考えていた二人の頭上から大きな音がする。
ハッとして見上げると羅城門の屋根の一部が崩壊したのか砕け散って降ってくるのが見えた。
このままでは崩れ落ちて来る屋根の下敷きになる。「拙い!」長い呪を唱える猶予は無い。
瞬時の判断で晴明の掌が成明の胸を押す。
晴明は全ての気を成明に集中させた。
「顕神将・・抱翔!」
フワッと成明の身が宙に浮く。
「晴明 晴明。」成明の身体が静かに東寺へと飛ばされる。
舞い上がる土煙に遮られて晴明の姿が見えなくなる。
「晴明!」
大きく広がって行く土煙の中を晴明に向かって背後から漆黒の矢が疾のように駆けたのを成明の目が捉えた・・ような気がした。
「危ない!避けよ 晴明」
叫んだように思ったのだが声が届いたのかどうか・・
「成明様 成明様」
~誰かが私の名を呼んでいる。~
朦朧としていた意識が次第に戻ってくる
「大丈夫でございますか。」
ハッと気がつく成明の目の前に僧正の心配そうな顔があった。
「晴明は?晴明はどこにいる。」
身を起こした成明は辺りを見回した。
「お静かに。」僧正の指が成明の唇の前に立てられた。
「あの者はたいした男です。咄嗟の判断で神将を呼び出すことを選んだのでございますからな。
そうで無かったら成明様。あなた様はあの下でございますよ。」
言いながら僧正は羅城門の下に積み重なっている瓦礫を指し示す。
「晴明は 晴明はあの下だと言うのですか」
顔色を失う成明に僧正はそっと囁く。
「宜しいですか成明様。 そのような者は何処にもいなかったのでございます。」
「何を言う。先程まで・・。」
言い募る成明を押し止めるように首を振る僧正。
「成明様 お判りでございましょうが・・・今は成明様にとられて大事な時でございます。」
その言葉に成明はハッと顔を上げる。
「お解りになられましたね。成明様は先程から私とここでお話をしていたのでございますよ。」
僧正の顔に浮かぶ笑みはいつにも増して冷酷であった。
「晴明・・」
小さく呟く成明の声は突然の揺れで右往左往している人々の声にかき消され誰に届くでもなかった
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