「それで・・犯人は解らないままなのですか?」
「容疑者は山のようにいた。」
「遺留品とか見つからなかったのですか?」
「あった。」

窓の外を黄金色に染まった公孫樹が音もたてずに舞い降りていく。
どっしりとした机の上に広げられているのは京都御所を中心として描かれたデッサン画であった。
まさに芸術の秋を彷彿とさせる穏やかな午後の陽射しの中で穏やかならざる会話をしていたのは探偵長とペンギンである。
ペンギンは某星からやって来てこの星の様々なことを調べたり体験したりして母星に情報を送っているようなのだ。
探偵長もどうやらどこかの星から来たようなのだがこの星での記憶が長いので前の代にやって来てこの星で生まれたのかも知れない。

「あらぁ!何の話?」
香り立つ珈琲を運んできて二人の前に置きながら話に入ってきたのは節子さんと呼ばれる女性で一応この事務所の秘書という事になっている。
しかし彼女もまたこの星で生まれた訳ではなく某星からやってきた旅行者である。
今のところ京都が気に入っているらしく長期滞在をしているが他に気に入った場所があれば旅立つとも口にしていた。
そんな三人が事務所を設けて京都に腰を据えているのは偏に京都人の気質によるところが多い。
京都の人々は新しいものや珍しいものが好きではあるが必要以上に入り込まない。
一応この国の人間に見える探偵長と節子さんはともかくペンギンがすたすた歩いていても新しくやってきた他所さんなのだと納得すれば取り立てて騒ぐこともないのがありがたい。
そんなこんなでこの三人はこの事務所でそこそこ仕事を引き受けながら日々を過ごしているのであった。

「それで?その推理小説の中の台詞が聞こえたようだけど・・・」
節子さんが珈琲を飲みながら二人に尋ねた。
「あぁここの・・この場所。」
言いながら探偵長が指をさしたのは猿ヶ辻であった。
現在は辻という名前が残っているだけだが天皇がここにお住まいだったころはたくさんの公家屋敷が立ち並んでいて貴族たちは建物の横の道を進んで勤務場所である内裏へと向かっていた。
勤住接近の誠に羨ましい状態であったのだが今はそれらの建物はなく名前だけが残っていて変わりがないのは辻だった場所をじっと見つめる猿の像だけだ。
「ここで人が殺された。」
探偵長がぽつりと言う。
「まぁ。ここは位置が悪いわよね。それで何時の事かしら。」
節子さんが長い髪をかき上げながら問い返した。
「幕末の事なんですけどね。」
ペンギンがぼそぼそと応える。
「いやだぁ!そんな政情が不安定な時なら何人でも死んでいるんじゃない?」
事も無げに節子さんが言えば探偵長もペンギンも肩を竦めた。

確かにこの事件が起きた時代はあちこちで人の命が奪われた。
それでも今回二人が話題にしていた人物はとうとう犯人が挙がらなかったと言うこと以外にもいろいろと不思議が絡まっていたからなのだ。
「殺されたのは若い公卿さんだったのね。イケメンだった訳?」
殺された人物の名前が姉小路公知だと知らされて節子さんは言った。
彼女の興味は詰まる所そこへ行きつくらしい。
「美男子だったかは解りませんがその頃の時代の寵児であったことは確かです。」
ペンギンがさも重々しい事のように応えた。
しかし何時までもこのような話を続けていてはちっとも先へ進まないので少しテンポを上げて当時の状況を説明しよう。

姉小路公知が殺されたのは安政の大獄と呼ばれた事件が起きた後の事である。
彼が幕府側の人間であったなら尊王攘夷派からの報復であったろうと一件落着となるところだが生憎と彼は第一級の尊攘派であった。
それでは幕府からの闇討ちかとも考えられたが事はそう単純ではなかったようだ。
一口に尊王攘夷と言うが決して一枚岩ではなかったし土佐も薩摩も自分に有利な状態を展開したいと考えていた。
その為に天皇に近しくなるために種々のパイプを作ろうと画策していたようなのだ。
姉小路公知は長州と繋がっており時の天皇もこの事を苦々しく感じていたと言うのだから土佐や薩摩が不利だと感じても不思議はない。
その彼が殺されたのが猿ヶ辻・・・その場所であった。
共は四人、襲撃者は三人である。
いきなりの襲撃に姉小路公知の太刀を持っていた者が逃げ出したことが大きかった。
想定外の出来事の上に対応するべき武器である太刀を失った姉小路公知は手にしていた杓で立ち向かったが全身に傷を負い翌日屋敷内でこの世を去った。

「容疑者がいたと言ったわよね。」
節子さんが顔を上げた。
「確かに容疑者はいたのですが犯行を自白はしませんでした。」
ペンギンが事も無げに応えた。
「じゃぁ容疑の証拠はなんだったの?」
「現場に落ちていた抜身の太刀さ。」
探偵長が皮肉っぽい笑みを浮かべて言う。
たしかに襲撃者が逃げ去った後に一振りの太刀が残されていたのだった。
個の太刀を調べて行くうちに一人の男が浮かび上がったである。
田中新兵衛と言って薩摩の人間であったが藩士ではなかった。
「それじゃぁ その人が犯人って事・・・って訳はないわね。」
節子さんが頬に指をあてて二人を見返した。
「さっきも言いましたが自白は無かったんですよ。おまけにそのまま死んじゃったんです。」
ペンギンが肩らしき所をわずかに竦めて答えた。
「ねぇ!藩士ではなかったって事は仕事人だったって訳?」
トンッ!
節子さんが探偵長の机に両手をついて顔を寄せてきた。
「人を斬る事は好きだったようですね。そこに主義主張はあまり感じられないようです。」
探偵長が穏やかに応えると節子さんの瞳が輝いた。
「ゴルゴサーティンみたいなものね。」
いや!それは違うだろうっとペンギンは思ったが声には出さなかった。
「今更検証のしようもないのだけどね。」探偵長も苦笑う。
「姉小路公知に付いていた人がいたんだけどね。何しろ暗い中だから顔も見えなかったらしい。」
探偵長は言ってじっと節子さんを見つめた。
ただね・・・・探偵長が言葉を継いだ。
「そんな必殺仕事人みたいな男が武器を置いて逃げるだろうか。」
確かに田中某は刀一つで生き残ってきているような人物だったようなのだから謎は謎である。
「彼がいた薩摩側は祇園で遊んでいて盗まれた。犯人はその盗んだ者の仕業だと弁明したんだ。」
「それもおかしいわよね。そんな強い人が多少酔っぱらったってみすみす盗まれるような無様は考えられないわよね。」
「そこです!」 ペンギンが勢い込んだ。
「どこ?」すかさず節子さんが突っ込むのを聞いて探偵長が声をあげて笑う。

「これ見よがしに犯行現場に凶器が落ちていたと言うのも落ち着かないよね。」
探偵長の言葉に二人は頷いた。
「もっと不思議な事がある。」
探偵長が思わせぶりに言えば二人はグイッと顔を寄せる。
「凶器とされた刀を本人が確認している時に刀が動いた。」
「刀は勝手に動かないでしょう?」 節子さん言うのも最もな事だ。
「いや動いた。そしてあっという間に田中の喉を突いたんだ。」
探偵長が厳かに言い切った。
ゴクリと節子さんが喉を鳴らして息を飲み込んだのがペンギンにも解った。
「田中は背の刀を見せてほしいと言ったんだ。」
探偵長が急に説明口調になったのを受けて二人はシラッと笑いを浮かべてみる。
「斬る事が好きな男がその武器を手放して平気でいられると思うかい?
いくら祇園の中では刀はご法度と言われて預けていても盗まれたと知って暢気にしているのはおかしいよね。」
確かに たしかにっと二人は同意の意味を込めて首を縦に振った。
「現場に刀を捨てて行かなければならない理由もありませんね。」
ペンギンが思案顔で言った。
「じゃぁさっ!田中はなんで刀を見せてくれとか言ったのかしら。」
「心底不思議だったのではないかな。」
探偵長が断言するように言う。

刀は決して安いものでは無い。
ましてや人を斬る事を或る意味生業にしていた男が持っていたものだ。
安価なものとは考えにくいではないか。
「きっと田中は騒動が起きる寸前まで刀が自分の元にあった事を確認しているのだと思うよ。」
「その刀がなぜが現場に落ちていた・・不審に思っても当たり前ね。」
「そうだ。だから確認してみたくなったんだ。」
探偵長は改めて二人を見回した。
「刀が動いたのはその時だ。田中が刀を受け取った瞬間に刀は刃を田中の首に向けて突き出したんだ。」
「へっ!」「いやぁだっ!」
二人が同時に声を上げた。
「刀は強力な武器だと言うのは確かだが自分の意志を持っていないと言うのも確かな事だよね。」
「そりゃぁそうよ。生き物ではないんだから。」
節子さんが肩を落として言った。
「その刀が意志を持ったように向きを変えて襲い掛かったんだ。」
「なせ?」
「それは解らないさ。証人はみんなこの世のものでは無いんだからね。」
探偵長が苦笑った。
「そうよね。遠い昔の事になってしまったんですものね。」
「ただね。」
落胆してしまった節子さんを見ながら探偵長が悪戯っ子のような表情を浮かべる。
「天皇が京都から江戸・・のちに東京となった土地へ遊びに出かけて時代は明治になったころの事だけど。」
何の話なのかっと言う風に節子さんが探偵長を見上げた。
「天皇は陰陽寮を廃止したんだ。あまりに恐ろしい能力を持っているから今後の為には良くないとか言う理由でね。」

なんやかやと維新を超えて陰陽寮が無くなり明治の理に伴って陰陽道は宗教法人となり細々と命脈をつないでいく事となる。

「天武天皇の時代から続いてきた陰陽師の活躍は基本的に天皇の為にあったって事になっているよね。
今更天皇が恐れる理由もないはずだ。江戸へ連れて行っても一向にかまわなかったとも思う。それなのに・・・
さて。天皇が恐れたのは陰陽寮のどの力だったのだろうね。」
「それも不明って事よね。」
節子さんがため息交じりに言った。
「証人がみんな亡くなっていますから。」
間髪入れずにペンギンが応える。

事務所の中には三人の笑い声が溢れ窓の外を心地よい風が通り過ぎていく。
「見ていたのはこのお猿さんだけって事なのさ」
探偵長の言葉に事務所の中はもう一度笑いに包まれた。


                     完

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