「なんか大陸っぽくない?」
節子さんが呟きながらじっと視線を送る先には入口を示す二つの縦長の石。
そこに刻まれている姿の服装が日本人らしくないと言うのだ。
「大陸風ですよね。」
ペンギンも繁々と見る。
下膨れの面立ちは平安時代には一時期持て囃された事もあるが刻まれた表情は日本人と言うより大陸の賢人と呼んだほうが近しいようにも感じられた。
「まぁまぁ・・・入口で立ち止まっていてもしょうがないだろう。先は長いぞ。」
探偵長は言うと先に進むべく歩を進めた。

このところ連日暑い日が続き、事務所の中のエアコンも悲鳴を上げている。
京都の夏は油を敷いたフライパンの底だと誰かが言っていたが確かにこのところの暑さは常軌を逸していた。
そこでちょいと涼みに出かけようと言う事になり三人はここへやって来たのである。
周山方面へのバスに乗り北へと進み静かなバスにで三人は降り立った。
この道をずっと先まで行けば日本海の小浜へ辿りつく。

さて
大陸風だと言われた入口を越えて三人が進んで行けば道の所々に石像が現れ始めた。
不動明王のように怒りの表情を表した石像や穏かな表情の仏像・・・稲荷の祠も現れた。
「完全に神仏習合の名残だわね。」
節子さんが一つ一つを珍しそうに眺めながら言った。
「仏と神が分けられるのは明治以降だからね。それでもまだそうした場所は残っているよ。」
探偵長が楽しそうに応える。
「ここって避難場所だったんですよね。」
ペンギンがパタパタと手を振って風を起こしながら言えば節子さんが「誰の?」と振り返った。
「十界因果居士ですよ・・ね?」
ペンギンも確信は持てないらしく探偵長を見上げて念を押した。
「誰よ、それ。」
節子さんには思い当たる人物は居ないようである。
「信長の子供でしたかね。あれ?兄弟だったかなぁ。」
ペンギンの言葉に探偵長が笑った。
「本能寺関連だな。」
探偵長の言葉に節子さんが小首を傾げた。

当時京都の豪商の間では法華講が幅を利かせていた。
信長はこれを良しとせず他宗との法論の場を設けたのである。
この法論は法華宗が敗北をしたのだがこれには裏があって信長は最初から法華宗が負けるように仕組んでいたと言われる。
その一端を担ったのが、勝敗を見届けるメンバーの中にいた十界因果居士であった。
後になって法華講はこれに気付き十界因果居士を襲おうとしたのを彼も察して逃げ込んだのがこの地であったと伝わる。
本能寺は法論に破れた後に寺に蓄えていた鉄砲などの武器を全て信長に取り上げられて丸裸の状態になったのだが懲りずにまた集め直していたようであった。

「そんな寺になぜ信長が泊まったのかと言えば定宿だったからだと言われている。」
探偵長の言葉に節子さんは首を振って一個と言い捨てた。
「ばっかじゃないの。」
苦笑いを浮かべた探偵長は止めていた足を動かし始め、他の二人もその後に続く。
「あぁ!そうそう。」 探偵長が声を上げた。
「彼は甥っ子だよ。」
「誰が?」
「十界因果居士は信長の甥だ。子供でも兄弟でも無い。」
「どんな関係でもいいわよ。結局信長の意に沿うように動いたって事でしょ。」
「まぁ・・・そう言う事だ。」
探偵長が応えながらも足を進める・
ふと気がつくとペンギンが足を止めてじっ・・・顔を上げて何かを聞いているのか顔を上げていた。
「どうしたの?」
節子さんの問い掛けに手をひらひらとさせてシッと言葉を遮る。
「何も聞こえませんね。」
ペンギンの囁くような声に二人も耳を欹ててみる。

さわさわさわ・・・
 
耳に入ってくるのは木々の梢を渡って行く風に擦られる葉の音。
「風の音かしらね。」
節子さんがポツリと言った。

街中は音が溢れている物だ。
交差点の信号機も青になった、赤になったと知らせる音が出ている。
歩道を歩けば商店の中の音楽が外に漏れ聞こえる。
そもそも人が多いからちょっとした会話でさえ重なって途切れることも無い。
ところが今三人が居るこの道には音楽も流れず信号機も無い。
耳に入ってくるのは風が巻き起こす葉の音だけだった。
三人が口を閉ざせばシン・・・として時が止まったような錯覚に陥りそうだ。

「静かよねぇ。恐いくらいだわ。」
節子さんが声を潜めて言った。
「声を出すのが憚れるようだね。」
探偵長も小さく応える。

それから三人は黙々と道を進んでいく。
やがて葉の音とは違う音が耳に入ってきた。
「ほらっあれが滝又の滝だよ。」
探偵長が指し示す先に陽を受けてキラキラと飛沫を飛ばす滝が見えていた。
二つの滝が合わさって一つの姿になるその滝は緑の木々に囲まれて豊かに流れている。

「たしか・・・伊豆の方にもこういう形の滝があったような・・・」
節子さんは視線を滝に向けたまま小首を傾げた。
「出合の滝でしたっけ?」
ペンギンが言う。
「雰囲気は大分違うけどね。」
探偵長が頷いた。

キラキラ・・・
滝と陽が織り成す美しさを三人は黙って眺めていた。

・・・マイナスイオンが ・・・・

頭の中をそんな事が過ぎった。
・・・ いやいや ここは黙って楽しむのが粋って物よね。・・・

節子さんは声に出さずに考えた。

長い夏も何時か移り過ぎてこの場所にも紅葉の便りが届くようになるのだろう。
ならばこの一瞬を愛でる事

節子さんは大きく息を吸った。


                完






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