渡廊で保憲の足が止まった。
耳が和えかな吐息を捉えた為である。
・・・晴明?・・・
視線の先は晴明が起居する対に繋がっている。
「・・・あっ・・・」痛みを堪えるような僅かな声・・・
どこか具合でも悪くなったのだろうかっと保憲は考えた。
幼い頃より大抵の事は一人で誰にも言わず堪える事で解決してしまっていた晴明の事。
また几帳の奥で一人耐えているのではないか・・・いきなり具合を尋ねたりしたら晴明も嫌であろうしっと保憲は渡廊の上で思案した。

そっと気配を消して近づき几帳の奥を探ってみる。あまり酷いようなら処置もしてやらねば・・・

「くっ!・・・」晴明の堪える声がする。 「やはり酷いのか?」っと保憲は思う。
「そのように抗いますな。」突然晴明以外の声がする。
「なっ!!何だ。」保憲は少々狼狽した。いつも冷静であれっと言われる父の忠行の言葉が脳の片隅に浮かんだ。

「はぁぁ・・・・・・」晴明の甘やかな吐息が聞こえる。
「身体の力をぬきなされ・・。」っと別の声。
「いっ痛っ!!」切羽詰ったような晴明の声が聞こえる。
「ほれっ またそのように・・・私にお任せなされと言うに・・・」
「やっ・・・やめ・・・・」 晴明の声が細くなる。
「また・・抗いますなと申すのに・・」
保憲の顔がカッと熱くなった。陰陽師としての冷静な判断など何処かへ吹き飛んだ。

「晴明!いかがした!。」
几帳を弾き飛ばして飛び込んだ保憲の目に映ったのはギュッッと強く握られた晴明の指と苦しそうに眉を顰めて瞳を閉じた晴明の顔。
そして晴明の足元に蹲る男の姿。
片手は晴明の足首を捕らえもう片方の手は晴明の指貫の裾から奥へと入り込んでいる。
「何をしておる!。」
怒号のような保憲の声が響いた。

「これは・・・保憲殿。」
声と共にゆっくりと顔を上げ振り向いたのは保憲も見知っている典薬寮の男であった。
「これは・・・何故あなた様が晴明の所などにいらっしゃるのですか?」
保憲は努めて冷静さを失わぬようにと注意深く問う。

「忠行様に少々教えて頂きたい事がありまして・・・お邪魔していました。
晴明殿が足の筋を違えたとお苦しみのご様子でしたので忠行様とご相談しまして治療を・・・」
男は静かに語る。

保憲の肩の力が一気に抜けた。
「然様でございましたか。これは無作法をいたしました。」
保憲は軽く頭を下げた。
「もう少しこのままお休みになられれば痛みもおさまりましょう。」
男は穏やかに言うと立ち上がって出て行こうとする。
「真に世話をおかけいたしました。」
保憲は男の後姿に声をかけた。
「いやいや 当たり前の事をしたまでの事。それではこれで・・・」
男は静かに立ち去っていく。
保憲は呆けたようにその後姿を見送るだけであった。

・・・ふふ・・・渡廊を一人歩きながら男の顔が緩む。
・・・・手福・目福・耳福であったな。あの者のあのような姿を見る事は怱々有りはしまいて・・・・
男の足の運びが跳ねているように感じるのは気のせいか。


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