風が巡って行く

雲が流れて行く

時を止める術は無く季節もまた巡るようで決して同じでは無かった。

「随分と長い事お待たせしてしまった。」 色づき始めた椛の葉を見上げて晴明は独り言ちた。
絹のような艶に輝いていた髪も今は白銀に変わり束ねた中から零れ落ちた後れ毛が秋の気配の風に揺れている。
「まだ待って下さっているのだろうか。」 声は静けさの中に消えた。
ふ・・・唇の片側だけに笑みを刻んで空を見上げる。
「もう三十余年・・・・か。」

兄弟子であり忠行亡き後は師匠でも有った保憲がこの世を去ったのは齢五十を超えて数年過ぎた頃であった。
人並み外れて方術に優れた保憲は寿命には恵まれなかったようである。
「保憲様。逝かれますな。」 晴明は臥した保憲の傍らで何度もその名を呼んだ。
「晴明・・・すまぬな。 お前を最後まで護る事はできそうにない。」 保憲は晴明の手を掴んで言葉を継ぐ。
その力の弱々しい事に晴明は思わずもう一方の手を保憲に重ねた。
「何を仰います。 保憲様。 晴明はもう好い歳でございますよ。何時までも幼童ではありませぬ。」
じっと見返してくる晴明の瞳を見詰め返せば瞳の中に保憲の姿が映っている。
「おまえは・・・。」
「保憲様。」
「やはり・・・兄とは呼んで貰えぬか。」 「保憲様。」
保憲は僅かに苦笑を浮かべた。
「こうして看取ってもらえる事を幸いと思う事にするか。 晴明。」
「はい。」
「俺は先に逝くがおまえが来るまで先の世で待っておる。何年経とうともな。」


・・・・・・ あれから三十余年 ・・・・・・・
ひらり はらり

  ひらり 

紅に染まった椛が散る中 稀代の大陰陽師と呼ばれる事となる晴明はこの世を去った。
享年八十四
最後の息を吐いた時 北にある小さな扉が音もなく開け放たれた事を気づく者はいなかった。


時は流れ 季節は巡り 風が渡っていく。

都に帝はおわせども・・・・歴史の中心は武士と共に巡るように変化していった。
晴明がこの世を去ってから小半世紀・・
蝦夷の大掛かりな謀反が起きた。
都はこれを制する為に必要な軍隊は持たぬ。
日ごろ下賤と貶めていた侍に頼るしか術が無かった。

こうした中で長らく都に服従の態を示していた俘囚の中から忽然と益荒男が現れて歴史は武士の時代へと流れていく。
益荒男は俘囚長の安倍氏であると伝えられている。
奥州十二年合戦と貴族の日記には記載された争い・・・所謂前九年の役である。
このとき立ち上がった安倍氏の長の瞳が碧かったかどうかは記録に残っていないので解らない。

都における晴明の子は賀茂の血を色濃く継ぎ明治の世まで活躍し その力があまりに恐ろしいからと言う理由で時の帝が陰陽師を残す事を禁じた。


時は巡り来ても決して同じでは無く風もまた姿を変え吹き渡っていく。
あの雲もまた・・・同じでは無く常に変化を繰り返し風のままに現れ消えていく。

あの碧い瞳の血は今でも繋がっているのだろうか
それは誰人にもわからぬ事である。



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