「ちょっ!・・・ちょっと!!」
「節子さん!放してください。放して・・」

時ならぬ声が響く、そこは背の丈ほどもある藪の中での事。
「ともかく・・早く此処から離れましょう。だから!!」

おろおろと声が何処と無く揺れて頼りなげな声音はペンギンであった。
「こっ腰が抜けちゃったみたい。」
こちらは先程ペンギンから節子さんと呼ばれた人物。
ストレートヘアーが乱れているのは風のせいばかりではなかった。

「ともかく・・ともかく早く戻りましょう。だから!!そこは掴かんじゃ駄目ですってば!」
ペンギンはがっちりと足首を捉まれて身動きがとれない様である。
「だって・・一人で逃げないでよ。」
恨みがましく上目でこちらを見詰める節子さんの手を無理やり引き剥がしてペンギンは深く息を吐いた。
「だからやめようと言ったのですよ。あぁったく!」
ペンギンは短い首を二・三度左右に振りながらもう一度ため息をついた。
「だって見てみたかったんだもの。」
少し気持ちが落ち着いたのか節子さんはペンギンの足首から手を離して呟いた。


「暑さにでもやられたのかい?」
耳に馴染んだ声にも二人は肩を落としたまま俯いている。
ほぅっと深く息を吐くと、また床へと視線を落とす二人を見下ろしながら探偵長は苦笑った。
いつも賑やかな二人が此処まで落ち込んでいるとは・・な
いったい何をして来たのかっと探偵長は首を傾げながら自分の椅子に腰を下ろすと再び声をかけてみる。
「話せば楽になるって事もあるじゃぁないか。」
なんだか昔のお白州みたいな台詞だなっと探偵長は口にしてから肩を竦めた。
「節子さんが・・・」 ペンギンが小さな声で言った。
「見たかったのよね。」 後を追うように節子さんの赤い唇が動く。
よしよし・・・探偵長は話が進み始めた事に気をよくして、一人合点をする。


探偵長が依頼された仕事の関係で夕方まで戻ってこない。
事務所に残された形の二人は暇だったのだ。
「ねぇ。鎌倉幕府ってさぁ。」 節子さんが口を開いたのがそもそもの事の始まり。
源頼朝が開いたと言われる幕府の歴代将軍のうち頼朝の血を引いているのは僅かに三代で終止符を打った。
その後は都から送られてくる者を飾り将軍として実権は北条氏が一手に掴んでいた。
武士の武士による武士の為の政権だった筈が北条氏の為の政権へと変化するのにそれ程の時間がかからなかったのである。
なんやかやと都との争いにも勝利して安泰に見えた鎌倉であったが、後醍醐天皇と手を組んだ足利氏・新田氏の攻撃により遂に滅亡へと突き進んだのであった。
特に新田義貞が引き潮を狙い北条氏の拠り所へと乱入した事で鎌倉は地獄絵図へと変わった。

「だからね。」
節子さんは反応の薄いペンギンに焦れてポンッとテーブルを叩いた。
「負けちゃったら切腹って言うのをするんでしょ?」
「それは・・する武士もいたでしょうね。」
「しない人もいるの?」
「切り殺されちゃったら出来ませんよぉ」
「バッカじゃない?そんなの当たり前よ。死人が切腹したら幽霊じゃん。」
節子さんは長い髪を揺らしながらピッと人差し指を立てて言った。
「見に行こうよ。」 
ゲッ!!
ペンギンは目を見開いて節子さんを見詰める。
「切腹をですか?あまり良い趣味ではないと思いますが。」
「だって・・武士の嗜みって言うでしょ?」
嗜みで腹を切っては命がいくつあっても足りないとペンギンは思ったがここは口には出さなかった。
「ほら、忠臣蔵の義士が切腹するときだって死に装束の白い裃をつけてさ。」
「時代が違いますでしょ。それに・・あれは創作物ですから実際とはかなり違うのではないでしょうか。」
できれば見たくないオーラを全身から溢れさせてペンギンは首を振った。
「ちょっと。ちょっとだけ見て帰ってくるからぁ。」
「探偵長が戻るまでに絶対に帰ってきますよ。」
ペンギンの言葉に、うんうん・・・節子さんは安請け合いの肯定を示す。
「絶対にですよ。」
こうして二人は、鎌倉時代と呼ばれた時代の新田氏乱入直後へと飛んだのであった。


「それで?」
少々・・いや、かなり呆れた顔で探偵長が先を促す。
実のところ先は何となく見えているのだが、そこは知らぬ顔を決め込んだ。
「もう・・・悲惨でね。」 ペンギンがボソッと呟いた。
「なにが?」
探偵長はあえて冷淡に問いかけてみれば横で節子さんの目が泳いでいる。
「言わなくちゃ駄目?思い出すだけで気持ちが悪くなる。」
「だから行きたくないって言いましたよね。」
消えかかっていた火種が再び炎を上げて、二人は言い合う。
やれやれ・・・本当に向う見ずなんだから
探偵長は声に左出すに首を竦めた。大凡の想像はつく。

二人は身を隠すのに具合の良かった藪の中でそれを見たのだった。
討ち取られた武士は血に塗れ、ザンバラ髪のまま息絶えている。
カッと見開かれた眼は無念さを滲ませて虚空を睨んでいた。
何体もの死人の間を野犬がうろついている。
争いの中で腹を空かせた野犬は増える一方だったらしく一匹の野犬がガブリと死体の足に牙を立てて喰い千切れば、他の野犬も習うように唸りを上げた。
敗者の美しさなど微塵も無かった光景に、節子さんは声も出ない状態でペンギンの足首を掴んだ。


「ちょっ!・・・ちょっと!!」
ペンギンは狼狽しながら声を荒げた。
「節子さん!放して下さい。放して・・」


「それで逃げ帰ってきた・・と」
探偵長は微苦笑を浮かべながら二人を見た。
「食われたくは無いですからね。」
ペンギンがぼそりと呟いた。
確かにね・・・言いながら探偵長が差し出したのは包装紙に包まれている。
「これは?」
節子さんが包みと探偵長を交互に見ながら問いかけた。
「水無月さ。」
事も無げに探偵長は言う。
「鎌倉幕府の滅亡も興味深いけどね。身近にも色々と楽しめる事はあるんだよ。」
言いながら探偵長は包みを開いて二人に見せる。
三角形の其れは表面が小豆で覆われていた。
「水無月ってお菓子の名前なの?暦の呼び方かと思っていたけど。」
節子さんが興味深げに覗き込んだ。
「元々は六月のことさ。」 探偵長は当然と言うように応えた。
「氷を食べると言う・・・あれですか。」
ペンギンも、こくこく・・・首を振りながら面白そうに三角形の和菓子に目を向けた。
「そうだよ。昔々のことさ。貴族達は貴重な氷を食べたけど庶民は手に入らない。」
「冷蔵庫は無いですものね。」
節子さんが納得したように言うのを聞いてペンギンと探偵長は声を上げて笑った。
「それで削った氷に似せて三角形に作ったこの和菓子を水無月と名づけて食べるようになった。」と、探偵長。
「随分と大雑把な説明ですね。」 すかさずペンギンが突っ込んだ。
ふふん!
探偵長は鼻先で苦笑うと
「今は冷凍庫でいつでも氷は作れるしね。」と、言い放つ。
「それでも・・天然氷は貴重です。」
ペンギンが喰らい付いた。
「まぁ いいじゃない。お茶でも入れましょう。」
何故か節子さんは、急に秘書の顔に戻って席を立つ。

やがて薫り高い緑茶が運ばれてきて三人は水無月を手にとった。
「美味しいですね。」
「あぁ なかなかだろう。」
探偵長と節子さんは満足げに水無月を食べ、お茶を啜る。
もぐもぐ・・・口を動かしながらペンギンは思った。
ー 探偵長が完全に省いた、夏越の祓えの話は何処へ行った。ー
「まっ!いっかぁ!!」
突然のペンギンの大声に探偵長と節子さんは目を見開いてペンギンを見た。
当のペンギンは気にした様子も無くズズッとお茶を啜る。

「今度行こうじゃないか。」
何を・・とも、何処へ・・とも言わず探偵長が笑う。

そうそう
怖いこともある。解らないこともある。
それでも好奇心が減ることが無いのがこの三人なんだよなぁ
ペンギンは独り言ちながら
パクリッ
水無月を頬張った。

               

                完了
 









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