「いやぁ 皇子様は本当に何でもご存知でいらっしゃる。」
「ほんになぁ。 先日生まれた赤子の事までお心がけて下さって・・・ありがたいことよ。」

人々が声高に語りながら三々五々と戻って行くのを河勝と玉響と呼ばれる若者は眺めていた。

「村の長が皇子様と話をしているに堪えきれなくなって婆様が早口で喋りだしたであろう?」
「おぉ!確かになぁ。 その横で幼子がよぅ回らぬ口で皇子様になにやら大声で・・・」
「それでも皇子様は全て理解なさって一つずつ丁寧にお答えくださっていた。」
「皇子様は一度に何人も違うことを話しても聞いていただける不思議な耳をお持ちなのだろうなぁ。」
「あぁ 我らとは遠く違うお方ぞ。」

話しているうちに興奮してきたのか道行く間にも人々の声は高くなる。

ふっ・・・・
河勝は密やかな笑いの息を感じて傍らに居る玉響へと視線を移した。
「玉響殿?」
「河勝様。 何か?」
若者は穏やかに笑みを浮かべたままに河勝に身体を向けた。
「いや・・・なんでもありませぬ。」
二人の頭上を白い鳥が弧を描くように舞っていた。
人々が皇子を囲むように集まっている広場に心地良い風が通り過ぎて行く。

「お二人は何を話しておられる?」
さしもの人々もその日の生活へと戻って行き漸く静けさを取り戻した広場から声が届く。
「皇子様。」 河勝が礼をとって頭を垂れたとき館の影から家令の一人が姿を現した。
何やら急ぎの風であったのを皇子は感じ取ったのか聞く体制を作ったと解らせるべく身体を向ける。
皇子の前に跪いて家令が話し始めた。

「若狭の小浜からでございます。 人魚が打ち上げられたと・・・・。」
「人魚?」 皇子は不思議そうに問い返した後視線を玉響へと移す。 
瞳の中に僅かばかり不安が揺れているのを河勝は見て取った。

「それは悪しき事の前兆・・・直ちに捨て去るように伝えよ。」 皇子は家令に向かって言い放った。
小さく肯定の意を表わした後家令はもう一度頭を垂れてその場を立ち去るべく立ち上がった。
「待て。」 皇子はその背中に向かって声をかける。
訝しげに家令は振り向くと改めて膝をついた。
「決して肉を食してはならぬと伝えよ。髪の一筋も残さず捨て去るように厳しく指示を出せ。」
いつになく固い声で皇子は言った。
「皇子様のお言葉を一言も漏らさぬよう小浜へと伝えまする。」 家令は恭しく頭をたれてその場を立ち去って行った。

ほぅ・・・・河勝は気づかれぬように息を吐き出した。 いつの間にか息を止めていたようで身体に力が入っていたようだ。

人魚の肉を食せば不老不死になる・・・または八百年の命を授かるとも言われていた。
彼の大陸の皇帝でさえ望んでも手に入れることは出来なかった永遠の命である。
何処から聞こえた話なのかは解らぬが海の近くに住む民は紛い物の人魚を作って海の向こうへ売り捌いて富を得ている・・らしい。
紛い物では永遠の命は得られないであろうに・・売ってしまえば後は知らぬ存ぜぬでやり過ごすつもりなのかも知れない。

「そのような妖しげな物を残しておけば後々禍根の元となりまする。」 
玉響の穏やかな声が聞こえた。
「真に皇子は聡明なお方にあられる。」 玉響の頬に笑みが刻まれた。
「当然の事ではありませぬか。」 河勝は些か苛立ったように声を発する。
「皇子はやがては大王になられるお方です。 聡明で民の事に耳を傾ける・・・きっと素晴しい大王に成られるのは自明の理。」
河勝は遠くの民にも聞こえるかと思われるほどの音声で言い放った。
当然肯定の言葉が玉響から返って来ると思っていたのだがその声は聞かれない。
「玉響殿?」
河勝は訝しげに若者の表情を窺えば玉響は睫毛を伏せて複雑な笑みを浮かべていた。
「あなたは・・玉響殿はそうは思わぬのか。」 河勝の声がきつくなった。
「先のことは誰にも決められませぬよ。」 若者は天を仰いで一言応えた。
「あなたは・・・・皇子の支えになっては下さらぬのか。」 河勝は無意識に己の唇を舐めた。
ふ・・っと小さく息を吐いた音がして河勝は若者の顔を見詰める。
「皇子のお心を支えるのはあなた様でございましょう。」
じっと顔を覗き込まれて河勝は一歩退いた。
「私がどのように関わろうと時の流れは思わぬ動きを致します。 人の心などはまさに不可解でございますよ。」
長い黒髪が風を受けてさらさらと舞う。

・・・・ やはり不思議な若者だ ・・・・ 河勝は改めてその飄々とした姿に視線を送る。

「のう玉響殿・・・ あなたの真名を聞いても良いか?」
河勝とて軽々しく真名を聞いてはならぬことは知っているがそれでも尋ねてみたくなったのだ。
あはっ・・・・
珍しく玉響が声を上げて笑った。
「そのような物はございませぬよ。 玉響の玉は魂 玉響の玉は霊・・・・どちらにしましても姿かたちの見えぬものでございます。」
眦に細く笑い皺を刻んで若者が言う。
「河勝様・・・皇子は聡明な方でございますがあまりに純粋でございますな。 政は時に理想だけでは立ち行きませぬ。」
微苦笑をおさめて若者が言葉を継いだ。
「河勝様。 皇子はそれに耐えられますでしょうか。 あの方はあまりに脆くて危うい。」
「玉響殿 それを我らが支えることはできぬものか。」
「身を支えることは出来ましても心の支えは難しゅうございましょうな。どこまで・・・・・」
玉響と呼ばれた若者は軽く礼をとると最後まで言葉を続ける事無く河勝の前から去っていく。

ホゥッ・・っと息を吐いて河勝はその姿を追う事も出来ずただ立ち尽くしていた。

青い空を白い鳥が何事も無かったように舞っている。
皇子は大王には成れぬのか。
河勝の憂いが現実になるまでそれほど長い時はかからなかった。


          以降(後)に続きます






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