「試す?」法師が不思議そうに晴明を見た。
「はい。この晴明全てをあれに・・取り込ませてみようかと思います。」
「止めろ!晴明殿 ぬしが消えたら我はどうすれば良いのだ。」
歩み出そうとする晴明の腕を掴んで法師が引き止める。
朱の輝きの中で晴明と全く同じ姿をした者の瞳が怜悧な光を放っている。
「消えるかどうか試すのでございますよ。消えぬかも知れませぬ。」
視線をもう一人の己に向けたまま晴明が答えた。
「消えなくともぬしは抜け殻になるやも知れぬでは無いか。」
「全てを取り込ませるのでございますから・・その可能性は高いと思いますよ。法師殿・・・でも。」っと晴明は微笑む。
「骸になるより宜しいかと・・。」
「晴明殿「」晴明の手を掴んでいる法師の手に力が籠もる。

「良いではないか。」章明が二人の話に横から割って入ってくる。
「抜け殻になってしまえ晴明。消してしまうのは惜しいその美貌。
私が帝になったその時には傍において飾っておこうぞ。」
「飾り物でございますか。そのような物になる趣味はございませぬ。」鼻先で笑い飛ばす晴明。
「晴明殿 もしも・・もしもそのような事になったなら・・我の元で生きよ。」法師の声が晴明の背から浴びせられる。
「お二人とも・・何か考え違いをなさっておりませぬか?」
周りが興奮すると冷静になる晴明である。
「消えるか消えぬか。骸になるのか成らぬのか・・・解っておらぬのにそのような言いようは無いのではございませぬか。」
それに・・と言葉を繋ぐ。
「私はどちらのお話にも全く興味はございませぬ。」
きっぱりと言い放った晴明。
「私は抜け殻になったり唯の人となってまでこの世に生きようと思うほど未練はないのです。」
章明様・・っと晴明。
「都に未練の無い者でございますからもっと違う方法で私にお話くださればこのような面倒な事にはならなかったかと・・。」
「法師殿 ここへ運んで下さった事 ありがたく思います。元が解らなければ決着はつけられませぬからな。」
「さて・・。」晴明は視線をまっすぐにもう一人の自分に向けてゆっくりと近づいて行く。
「止めよ 晴明 止めてくれ!今のままの晴明で充分ではないか。無謀な事はしないでくれと申すに。」法師が引き止めるその手が静かに振り払われた。

・・・もし・・もし私が考えている通りならば・・・と晴明は思う。
あの私はこの私の全ては取り込めない筈・・・
・・・私の名を知ったのはおそらく都大路での成明様との名乗りの時・・ならば身に着けたものを章明様が手に入れたのもその時の筈だ。他に機会が有ったとは思えぬ・・・

・・ここで呪の討ち合いをしても勝ち目は無い。
その能力の殆どはあちらに行っているのだからな・・晴明は大きく息を吸って呼吸を整えた。
「さぁ 私と同じ姿でそこに立つ妖しの化身。望み通りここまで近寄ったのだ。好きなだけ持って行くが良い。」
静かで豊かな晴明の声が辺りに響く。
反応するように朱の輝きが一段と強くなり陽炎は高く上り始めた。
中にいる晴明の姿をした者の瞳が冷たい光を増す。
陽炎がフワッと伸びて晴明の全身を包み込んだ瞬間 晴明の姿が陽炎の中に吸い込まれて行く。
ボウッと陽炎は炎となって渦巻き やがて・・朱の輝きも陽炎の炎も消え去ったあとに一人立って居るのは晴明の姿だけ。

「どうなったのだ。」と章明は呆然として呟いた。
「あれは・・どちらなのだ。」と法師。
二人の声に晴明が顔を向けた。
ギラッとした瞳は残虐さを湛えて光っている。
「やっぱり取り込まれたのか。」法師は唇をかんだ。

「章明殿これは扱うのも困難な事になりました。」法師が言う。
「それはこれが私の思う通りには動かぬと言う事か。」
「そのようでございますな。
悪くすれば都さえ破壊してしまうやも知れませぬなぁ。」法師は自嘲気味に答えた。
「馬鹿な!そのような面倒な者は要らぬ。その方の好きなように処分せよ。」
都合が悪くなると責任転嫁するのは殿上人の常である。
「良いな 私は全くあずかり知らぬ事・・。」
早くも立ち去ろうとする章明。

「そのような都合の良い事は聞けませぬな。」
突然晴明が口を開いた。
「ひぇっ!!」
章明は驚愕の為か足が竦む。
「あなた様は成明様を呪詛された。許す事はできませぬ。」
白く長い指が章明に向かって突きつけられた。
「ぬしは晴明なのか?」法師は半信半疑で声を掛ける。
「法師殿 どちらにしても晴明・・違いますかな。」
瞳の中の残虐な光は消えていた。
その顔に浮かぶ満面の笑顔はどこまでも穏やかである。
「さて・・章明様 如何様にいたしましょうな。」
ジリッと距離を縮める晴明。
「晴明 そこまでで止める訳には行かぬのか。」
法師が間に入る。
「これ以上成明様に何かございましたら困ります。」晴明の答は攣れない。
「法師殿 あなたもでございますよ。」
怒りの矛先は飛び火した。まさに薮蛇。

「・・・・・宜しゅうございます。」
晴明は振り切ったように言った。
「今後このような事があればこの晴明 決して許しませぬぞ。お覚悟なさいませ。この事を記憶の中にしっかりとお納めください。」
何はともあれまずは命拾いである。
ホッとする二人を見比べながら晴明は思う
・・・やっぱり詰めが甘いか・・・・



「なぁ晴明殿」帰り道のことであった。
法師が晴明に声を掛ける。
「何でございますか?」
「何故ぬしはあの秘術に取り込まれずに戻ってこれたのだ?」
「偶然でございましょう。」笑いながら晴明は答えた。
「真か?」「えぇ。試しでございますから。」ハハッと笑う晴明の顔はいつに無く明るい。
・・・ここで真の事など言ったらまた保憲様に叱られる・・・
ふっと口の端に笑みが浮かぶ。
・・・章明様の手に入れたという物があの時の袖であったから救われたのだ。・・・

そう あの袖は晴明の物・・彼の身の中にはそれ以外の名がまだある。知らぬ名のものは取り込めまいって・・・・

「何がおかしい。」法師の声にふと我に戻る。
「一人でにやにやと笑いおって・・」
「法師殿 今日の所はこれにてお別れでございます。」
晴明が立ち止まって頭を下げた。
「うむ 疲れも出るであろうからな・・・それで晴明。」
「なんでございますか法師殿。」
「我はまたぬしの元を訪ねても良いものなのだろうか。」
「何故来てはいけないのです?。」
晴明らしい答に法師の顔がパッと明るく輝いた。
「そうか そうだな すまん晴明殿 それでは今日の所はこれで退散しよう。」
去って行く法師の姿を見送ると晴明は如意ヶ峰の邸へと戻って行った。


邸へ戻ったとたんに騒がしい声が聞こえる。
「何だ?」
部屋の中には溢れんばかりに泡状の物が浮いている。
ポンッポポンッと音を立てて泡が破れると・・・
「晴明」 「晴明様」 「晴明いるか」
忠行の声 保憲の声・・
「あぁ騒がしい事だ。こうなると静かな時も捨てがたいものだな。」
一人苦笑いをしながら泡を破って行く。
とにかく有るだけは片付けないと・・・
ポンッ ポポンッポンッ 際限が無い。
「やれやれ・・難儀な事だ。」
一通り片付いた部屋に横になってみる。
視線の先には風が吹き抜ける庭に名も知れぬ花が咲きそろい始めていた。
「こんな所にも一つ。」独り言を言いながら灯明の陰に有った泡を摘み上げる晴明。
ポンッと小さな音を立てた。
「生きているか 晴明。」声が広がる。
成明様・・・これは返さない訳には行かぬな
・・・どうにか生きておりますよ成明様。・・・
返した言葉は遠く内裏にいる成明の元へ・・・
この日は帝から皇太弟の指名が成される日であった。
後に村上天皇となる。

緊張気味の成明の耳元にささやく声が届く。
「どうにか生きておりますよ 成明様。」
ふわっと成明の顔に笑みが浮かぶ。



濡縁の柱に身を任せて庭を眺めている晴明の目の前にふわ~りと泡が飛んできた。
「まだ残っていたのか。」
指先で泡を破る。ポンッ
「おい 晴明無事なのか?無事ならこれを返せ。」
保憲の声であった。

「ふん! 誰が返すか。」
一人呟くとごろんと濡縁に横になった晴明である。

自分が考えているより遥かに多くの人に愛されている晴明であった。




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