小高い山の上に青白く輝く光が舞い降りるように止まった。
それはまだ夜明け前のこと・・・
濃藍色の空を切り裂くように舞い降りた光は誰に認められる事も無かったように静かに山の上で輝いた。

すとん

軽やかな音ともにそれは大地に降り立った。
ふむ・・・
それは一人納得したように頷くと朝陽の中に立ち昇る霞の向こうに見える小高い丘をじっと見据えた。

「確かに都はここを基準に決められたようだな。」
それは誰に言うでもなく呟く。

ここは甘南備と呼ばれる山である。
後に平安京と呼ばれる都が造られる前の都からまっすぐに進んで来ればここへと到るのである。
桓武の帝が築かれた都は遥か向こうの丘が基準ではなくこの山であったのだと信じられる眺望が今 目の前に広がっていた。
眼下は広大な湿地帯であり所々に小さな流れが有り溜りが存在していた。
その水が太陽の陽射しを受けてきらきら・・・
さんざめく様に 
都が無くとも充分に美しい光景だとそれは思った。

それは再び霞の向こうの丘を見る。
キラッ!!
何かが煌いたように感じた。
訝しく思いながらも目を凝らせば丘の上から淡翠色の光が瞬いているのを確認できた。

人もまばらであろう鄙も鄙のこの湿地に自分の他に誰かいるはずも無いとそれは思ったが瞬く光は途絶えない。
なおも眼を凝らすと瞬いていた光が
すっ・・・・・・   
一条の線を描いてそれの胸の辺りに丸く円を作った。
「なるほど・・・確かに一直線だよ。相変わらず丁寧な仕事だな。」
それは微苦笑を浮かべながら光の向こうへ届くとも思えない声で呟けば淡翠の光は照れたように穏やかに揺れた。
ふわぁっとそれの形が宙に浮く。
光に引き寄せられるようにそれの形は広大な湿地を越えて光の出所である丘へと飛んだ。

「随分とお久しぶりでございますです。」
ストン
軽く大地へと降り立ったそれの音を待つように声がかけられた。
「久しぶりかぁ?まぁ懐かしいことは懐かしいなぁ。」
それは幾分小さな形の声の主に応える。

ぷっ!!

期せずして互いは思わず吹き出した後朗らかな笑い声が広がった。
「いやいや・・・どうにもこの姿ではやりにくいなぁ。」
「そのようですね。」
互いに言葉を交わした後 朧気であった二つの影は次第にはっきりとした形をとった。

「この時代にそのお姿ですか?」
小さかったほうの者が見上げながら言う。
「それはあなたには言われたくないなぁ。」
大きな方の者が見下ろしながら呆れたように言葉を返す。
「これが一番動きやすいのです。」
不満そうに小さな者は口を尖らす。
「しかし・・この時代にその形は・・・」
「どうせ人などめったに出会いませんよ。」
・・まぁ それもそうか ・・・・
大きな方は何処と無く納得できなかったがとりあえずここでは・・・と異論を飲み込んだ。
眼下に広がる湿地帯を二人(?)は物珍しそうに見回しながら進んでいく。
「探偵長。」 
小さな方が声をかけた。
「やっぱりそれかい? ペンギン君」
ちょいと嫌味っぽく大きな方が応えた。
「この方が馴染みますでしょう?」
肩らしき所を僅かに竦めて小さな者はそれよりも・・・・と言いながら先のほうを示した。
大きな竹薮らしきものが見える。
「あんなところになぁ。行って見るか。」
探偵長と呼ばれたほうがふと何かに気付いたようにペンギンを誘う。
見ればペンギンらしき者の両目も期待をいっぱいに現して煌いていた。


ペタ ペタ ペタリ 

「おい 本当に今回もその姿で行くのかい?」
「泥濘はこれが一番効率的です。」

ペタ ペタ ペタリ・・・グチュッ

「まぁ 確かになぁ。」
「ほらっ 普通の靴では足をとられますでしょ。」

最後のグチュッは探偵長の靴が泥濘に取られた音らしい。

どうにか二人は竹の繁る場所にたどり着いた。
所々に根の一部が見え隠れしながら広がっている。
物珍しそうに二人は辺りを見回しながら奥へと進んでいけば・・・
「おやぁ。」
「時代考証に無理がある。」
其々が溜息交じりに口にする。
二人が見詰める先にはどこかの庵とも見える質素な建物があった。
簀の奥には御簾が降りていて豊かな黒髪と鮮やかな色の十二単と裳裾が朧げに見える。

「やってみたかったのだもの。」
豊かな黒髪をゆらりと揺らして影は振り向いた。
「お茶でも点てますわよ。」
いたずらを見つかった子供のような笑顔が上げられた御簾の向こうに見えた。
「「時代が合わないよ。せっちゃん。」
探偵長は苦笑いをしながら足元の根っこに靴を押し付けて纏わり付いている泥を落としながら言った。
「あら?そうなの。」
あっけらかんと言うその声にペンギンが呆れたように口を開けたまま・・・

「あ・・・あの」
「なによ!」 相変わらず気だけは強い。
「節子さんの星ではこの国の歴史は学ばないのでしょうか。」
ペンギンがオロオロと短い首を振りながら問う。
「習うわよ。でも・・・私は細かいことは嫌いでさぁ。」
節子と呼ばれたそれは両手で緋袴を手繰り上げるとさっさっとこちらへやって来た。

「嫌いでも面倒でも覚えなければならない事は有るだろう。」
この時代が好きだと前に言っていた探偵長の眉が顰められた。
ペロッと舌を出した節子は だから平安時代 と罪もなく答える。
「その時代にお茶はありませんよ。」
ペンギンが明らかに肩を落とした。
「あらぁ そうなの。 雅な装束でお茶っていいと思うんだけどなぁ。残念ね。」

期せずして最初の二人の口から盛大な溜息がこぼれた。

「まぁ 人が少ないとは言え無人だと言うわけでは無いのだから早々に移動した方が良いと思うのだが・・・」
探偵長の発案に異議を唱えるものは無い。

ふわっと霞が広がり竹薮に降り注ぐ陽の光がそれらを払いのけた後にはもう誰の姿も見ることは出来なかった。