「今日はもう帰ってもいいよ。」
探偵長がペンギンに声を掛けた
「へっ?」
驚いたのは高峰悦子であった。
・・・・・いつもは結構遅くまで一緒にいるじゃない・・・
「君も帰っていいよ。」
今度は高峰悦子に声がかかる。
・・・・・・なによぉ!・・・・・・
高峰悦子は訳を聞こうと思ったのだがペンギンは表情も変えずに帰り支度をしている。
そんなものか・・っと高峰悦子も帰る準備を始めた。

「それでは今日は失礼させて頂きます。」
二人の挨拶に「お疲れさん。」とひらひら手を振る探偵長。
顔は窓の外に向いたままだ。

高峰悦子は大いに不満であった。
「ねぇ 少し付き合わない?」 ペンギンに声を掛けて四条通を東へ歩く。
「あぁ?構いませんよ。」 ペンギンが高峰悦子を見上げながら応えた。
どこか目的の店でもあるのだろうか高峰悦子の足取りはしっかりとしている。

「御旅所ですね。」
ついて来ていたペンギンの足が止まってぽつりと言う。
見れば祇園祭の時には眩いくらいに明かりが燈されて華やかな場所であったが今はひっそりとして通り過ぎる人たちも立ち止まる事はない。
「行くわよ。」 高峰悦子がペンギンを促す。
彼女にしてみれば見慣れた風景の一部でしかなかった。

河原町を越えた所で高峰悦子の足は北へ上がっていく。
細い小路の両側に色々な店が並んでいた。
夜の闇を切り取るように看板の灯が店の存在を主張していた。
とある店の横にある細い階段を高峰悦子は迷う事無く上がっていく。
二階の店は少々薄暗くアルコールが入ってご機嫌な人たちの声が入り乱れていた。

店の人に案内されて空いている席に向かい合って座った。
「良くこんなお店を知っていますね。」 ペンギンは感心したように言った。
ふふんっと若干自慢そうな表情で高峰悦子が笑った。
「何 呑む?」 言われてペンギンが小首を傾げた。
ツイッとカウンターに視線をやると大きなガラスの容器が並んでいる。
「ここね・・梅酒が美味しいのよ。」っと高峰悦子。
「それでは・・梅酒を。」
ペンギンの声にカウンターの向こう側にいる店長らしき男がクルクルとガラスの容器の蓋を回す。
・・・へぇ~~~あそこから出すんだぁ・・・・
珍しそうにペンギンが見つめていると店長らしき男が優しく微笑んでくる。

「美味しいです。」 「そうでしょ。」
ペンギンの声に高峰悦子は自分が作ったかのように嬉しそうに笑った。
「高峰さんはホテルのバーかなんかで飲んでいるのかと思っていました。」っとペンギン。
「何で?」
「いや イメージです。イメージ・・・」
わたわたとペンギンが首を振る。

「このお店ね・・雑多な感じがするでしょ?だけどね・・こうやって話す声はきちんと聞こえるって思わない?」
確かに周りに色々な声が飛び交っているようなのだが高峰悦子の声はきちんと聞こえてくる。
店内にいる他の客達の声が天井を通り過ぎて行くような感じで目の前の会話と交わらないのだ。
「どうしてだか解らないんだけど・・きっと店長のこだわりだと思うの。」
高峰悦子の言葉はカウンターの向こう側に届くのか男の顔に穏やかな笑みが浮かんだ。

「それにしてもさぁ~今日の探偵長なんだけどね。」っと高峰悦子。
「はい?」
「何で帰っていいなんて言ったのかなぁって思ってさ。」
「そんな時も有りますよ。」
「ペンギンさんは気にならないの?」
「そりゃぁ 気にはなります。」
「じゃぁ 何で聞かなかったの?どうしてってさぁ。」
高峰悦子・・・少々アルコールが回ってきているようである。
「聞いてどうします? 探偵長がやりやすいように配慮するのが助手ってもんです。」
肩を竦めながらペンギンが言った。
「そんなもんなの?」 「そんなものです。」
「そっかぁ! まぁいいや! 飲も 飲も!!。」
高峰悦子が何杯めかのおかわりをする為にグラスを上げた。

探偵事務所の出窓に腰を掛けて探偵長は瞬く灯を見ていた。
「たまには誰もいない時間もいいものだよな。」 誰に言うでもなく言葉が生まれた。
事務所を開いてから色々なことがあった・・・
この先も順調に発展させて行きたい・・・・
そんな思いが後から後から湧いて来る。

ふと我に返って事務所の中へと視線を戻した。

・・・・・・この事務所ってこんなに広かったっけ・・・・


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