平安京・・・それは人成らぬ物の進入を防ぐ為ありとあらゆる手段を使って造られた人口の町である。
仏に縋り神を置き陰陽の理に法り四神に添う・・・
それだけ手段を凝らしても心が安らぐ事は無く大内裏の周りを囲む門にも強力な護りの結界が張られている。
更に・・・時の帝が住まわる内裏へと入る門にはこれ以上は考えられないと思われるほどの結界が張られていた。
それでも・・・鬼や妖しと呼ばれるものは現れ人々の心を惑わせる。


・・・今日こそ確かめなければ・・・・
人々が寝静まっているであろう闇の中で晴明は朱雀門に向かった。

幼い頃から書物を読む事が好きであった。
それに気づいた保憲は大内裏にある図書寮へと晴明をつれて出かけてくれたのである。
初めて入る大内裏・・・保憲の袖に包まれて緊張しながらも朱雀門から入ろうとした時にビリッと全身に痛みが走った。
思わず後ずさりした晴明に保憲が不思議そうに視線を投げて来た事を今でも思い出す。
・・・きっと緊張していたのだ・・・そう思った。
しかし何度この門を通っても痛みが襲ってくる。そればかりか回を重ねる毎に痛みは強くなる一方だった。

「どうした?晴明 図書寮へ一緒に行かぬか?」保憲が声をかけてきたが晴明は首を振って断る事が増えていった。
読みたい書物が図書寮には数え切れないほどあるが・・・その多くは借り出すことの出来ないもの。
どうしても朱雀門を越えて図書寮へ出向かなければ成らない。
それでも・・あの痛みは幼い晴明には恐ろしく感じられて足が遠のいてしまうのであった。
保憲に痛みが無い事はその態度から良く解る。 何故自分だけが痛みを覚えるのか・・・・
それを今 確かめておかなければ・・・と晴明は考えた。

季節が移れば初冠を迎える。
もう童ではなくなる。 一人の大人として生きねば成らぬ。
賀茂の屋敷で研鑽をした自分はやがて陰陽寮に出仕する可能性は大きい。
その時になって 「朱雀門を通れません。」 とは言えない。
せめて今日のうちに何故なのか?っと言うことが解れば対処のしかたもあろうと言うものである。

一人 朱雀門に向けて歩み出す。
無意識のうちに痛みに耐えられるようにと身体が強張って行くのを感じた。
目の前の朱雀門が大きくなった。・・っと門の周りから黄金色に輝く陽炎のようなものが飛び出して来た。
ハッとして足を止めた晴明の前に陽炎は次々と現れ次第に武人の姿に変化していく。
「都に害をなすもの」 武人の一人から言葉が発せられた。
・・・誰の事を言っている・・・晴明は困惑して辺りを見回したが自分の他には誰も見えない。
「都に害をなすもの・・・一歩たりともこの先へは入れぬ。」 武人の声が晴明の頭の中に直接響いてくる。
・・・俺か?俺が都に害をなすと言うのか・・・
何故 何故・・・と思う間もなく武人達の腰に履かれている太刀が抜かれて向かって来る姿を晴明の瞳が捉えた。
一瞬の間に太刀から身を避けるが衣の袖が断ち切られたのが解る。
・・・もしここで反撃したらどうなる?それこそ都に害をなすものだとこいつらは覚えるのであろうな・・・
晴明の手で結ばれようとしていた剣印が解かれた。
無限かと思われるほど次々と黄金色の陽炎が増えて行くのに晴明は全身が冷えていくのを感じた。
飛んできた光を避けようとした瞬間に大地に叩きつけられた。
慌てて体を起こそうとしたその首に何かが巻きつきその力を強めていく。
・・・ここで俺は潰えるのか・・・
尚も強まる力に意識を手放そうとした時
「駆けろ。」
何処からか声がした。
辛うじて残っていた意識を自分に引き戻し首に食い込む何かを両手で掴んだ。

ワァァァアアア!!!

生まれて初めて大声を出したような気がする。
がむしゃらに首を振り両手で首に絡むものを引っ掻き・・・息を確保した晴明は振り返る余裕もなく大路を南へと駆けた。
どれだけ早く駆けてもすぐ後ろにあの黄金色のものたちが自分を取り押さえようと手を伸ばしているようで息の続く限り足の続く限りひたすら駆けた。
しかし・・・黄金色のものたちが追いかけてくることは無かった。
羅城門の前でやっと振り返ることが出来た晴明は追っ手のない事を知ると今度こそ意識を手放した。



「気が付いたか。」
穏やかな声がする。
柔らかな温もりを感じて晴明は目を開いた。
「酒呑童子様・・・」
晴明は酒呑童子の腕の中にいた。
「そのように血を流しながら大路で倒れていればすぐに喰らわれてしまうぞ。」
片頬に薄く笑みを浮かべながら酒呑童子が示す先を見れば物欲しそうに見上げる小鬼や雑鬼の群れ・・・

「死ぬるは恐ろしいか?」っと酒呑童子。
「いいえ 恐ろしくはありません。」
「ならば・・・何を恐れる。」
「都から・・・訳も解らず拒絶された・・・」 晴明は頭を酒呑童子の胸にのせて答えた。
「都に好かれたいのか?」
「特別に好いてもらおうとは思いません。ですが・・・意味も解らず拒絶されるのは恐ろしゅうございます。」
「ぬしは賀茂の家におるのだからな。・・・やがては都人となるのよのう。」
酒呑童子の瞳に哀しみの色が浮かんだ。

「ならば晴明・・・強くなれ。」
「強く・・・でございますか?」
「そうだ 晴明。 力だけではない。心も強くなれ。何ものにも揺らぐ事の無い強さを・・誰よりも強くなれ。」
「強くなれば・・・あの門は通れるようになると・・・」
「あぁ!通れるようになる。あの者たちも出て来はしまい。」
ふふっと酒呑童子が笑った。
「そういうものなのですか?」
「朱雀門の向こう側にある宴の松原に鬼が出るではないか。」
酒呑童子の声に笑いが含まれる。
「それに・・・玉座のある所にも出ているであろうが・・中宮やら女御が何やらに憑かれて命を失うのも良くある話ではないか。」

楽しそうに言う酒呑童子を晴明はじっと見上げた。

「通れるか通れぬかではない。
通れて当然の力をつければ良い。
都を護ると言うあの物達に認めさせるだけの力を付ければそれで良い。
つまりはそう言う事よ晴明。 ぬしは都で誰よりも強くなれ。」

東の空に太陽が顔を出し始めている。
「そろそろ俺は戻るぞ。」 酒呑童子の姿が朧になって行く。
「また・・・お会いできましょうや。」
晴明の言葉に返事は返って来なかった。


賀茂の屋敷に向かって走り出す晴明の後姿を見ながら酒呑童子は独り呟いた。
・・・・おまえが力をつけた時 このような出会いが出来ると思うているのか 晴明・・・・


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