此処は何処であろうか。

空も無く地も見えず風さえ吹かない。

ただ無限の静けさだけが辺りを支配していた。

蹲っている訳でもない一人の若者がそこにはポツンと居た。

嘆くでもなく喜ぶでもない。

時折薄らぐ空間の隙間をさして興味がある風でもなく視線を送る。

どれだけ長い時が過ぎているのか・・・若者も知らなかった。

先も見えず過去も感じることはできず。

静けさの中に若者はずっと存在しているだけであった。


       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 無窮の空の果て ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつの世の天空の景色なのであろうか。
果てしなく広がる藍色の空間に数えきれぬほどの星々がさんざめいている。
白く青く輝く姿の星 暖かな橙色に揺らめく星 焼き尽くすように炎を上げる赤い星。
その一つ一つが魂を持ち魄を成す事も有るという。
或る星は将軍であり或る星は樂神であった。
時に大らかに恋を謳い愛を囁く。

一際大きな星の魂は誇り高き将軍であった。
幾度の戦いにも怯む事無く何万の兵星を従えて勝利を収めてきた将軍星は決し粗野ではなく穏やかで暖かな魂は多くの星神から慕われていた。
その将軍星が心寄せたのは地上に留まる一つの魂であった。
「いつの世も共にありたい・・・・」 将軍星は願った。
その地上の魂は間もなく船と呼ばれる乗り物でこの地を離れ東の島国へと帰るのだと聞く。
「・・・ならば我もまた共にその国へ行こう。」 将軍星は地上の魂に同化する事を望んだ。

将軍星には遥か遠くに緑豊な島々が見えていた。
キラキラと煌く海の向こうから昇る太陽の光のなんと眩しいことか。
そして・・今 共にありたいと願う魂のなんと高潔で清々しい事か・・・・
「この者に寄り添いあの島々を豊に反映した良き国に育ててみたい。」
将軍星は迷う事無く光る珠となって地上に降り立ち清らかな魂を持つ男の胸に抱かれた。
男は穏やかに嬉しそうに微笑み珠の収まった胸元をやさしくたたいた。
こうして将軍星は緑の島の男と共に船上にあり何日か後には瑞々しいその島へ渡れるはずであったのだが・・・

「許さない!」 「あのような未開の地へ行かせる事など絶対に許せない。」
天上の星星は叫んだ。
その思いは龍星を動かし男たちの乗った船を襲った。
男の乗った船は大破し男は胸の中の将軍星と共に再び広い台地へと戻ることを余儀なくされた。
大破しなかった船は何事も無いように海の彼方へと進んでいった。
このような事が二度三度・・・・
男はとうとう緑の島へ戻ることを諦めた。
「それでも・・・共に有りたい」 将軍星は男の耳元で囁く。
「我が故郷をいつまでも瑞々しく良き国に育て上げる事だけが私の望みであったが・・。」
男は懐の珠を掌でやさしく撫でながら一人呟いた。

この大地でも男の能力は高く讃えられ幾つもの偉業をなしたのだが所詮は人である。
やがて命数が尽きるときがやってきた。
将軍星は嘆き悲しんだが人と己とは命数が違いすぎる事は最初からわかっていた事であった。
いつか別れなければならないのは定め・・・
「おまえのために何かしてやれることは無いのか。」 将軍星は男を掻き抱いて尋ねた。
男はゆるゆると首を振った。
「我が大和の国を良き国にしたいだけなのです。 この身が大和へ戻れない今 私に何が出来ましょう。」
男は小さな声で応えた。
「ならば・・・おまえが望む者と共に我はある事にしよう。 我を預ける者はおるか?」



この長い長い・・・永劫のように長い風景を若者をじっと見ていた。
一人の男の命数が尽きようとしていることに心を動かした風も無く将軍星の魂の叫びにも眉ひとつ動かすことは無かった。
ふ・・っと死に逝く男が笑ったように見えた。
その視線がわずかに上に向く。
じっと見下ろす己の視線と絡まったように感じて若者は思わずその身体を起こした。
時も違えば層も異なるはず・・・なぜ?
始めて若者に表情が浮かんだ。

男の掌には光の珠となった将軍星・・・
悪戯を見つかった童のようにニィッと歯を見せた男の口が僅かに動いて声無き意志を告げる。

 ・・・ う・け・と・れ ・・・・

珠は目映く光り輝いて掌から消え去った。

これは・・・
若者は瞠目して己を掌を見る。
そこには煌く光の珠。

先程まで仄かな明るさであった空間が純白に輝き若者を包み込むとやがて・・静かに元の空間へと戻って行った。
辺りは数え切れぬほどの星々の煌き・・・
笑顔の男の姿はもう何処にも見つける事はできなかった。