蘆屋道満 京の都では良く知られている市井の陰陽師である。
胡散臭いイメージがあるが最初からそうだった訳ではない。
かつては賀茂忠行と共に修行に励みその方術の力は忠行さえも凌ぐと噂されていた。
そんな道満が陰陽寮に入らなかったのは身分や作法が面倒だったからと言うのが理由である。
この世における生が終わるまでの間を気の向くままに退屈しのぎと言いきってその日を暮らしていた。
そんな道満がどう言う訳か執着を示したのが賀茂の屋敷に連れて来られたばかりの幼い晴明であった。

三日と空けずに屋敷を訪れて晴明に声を掛け遊んでやったりしている。
これには忠行も呆れてしまったが屋敷に慣れていない晴明に目を掛けているのだから・・・と咎め立てもせず任せていたのだ。
誰にも文句を言われないのを良い事に道満は晴明は男童なのだから・・・と
庭を走り回ったり時には竹の小枝を的に当てる射矢のような物を作ってきたりと他多で見ていても涙ぐましいほど小まめに晴明と過ごしていた。
幼年期の晴明と一番長く時を共にしたのは道満だったと言っても過言ではあるまい。
そんな道満であったからこそ気がついた事がある。
道満は気にはなったのであるが確かめる事が出来ないまま晴明は陰陽の修行に励むようになり道満といる時間は減ってしまった。
それをきっかけに道満が賀茂の屋敷を訪れる事は少なくなりやがてプッツリと姿を見せなくなったのである。


・・・・・・・・・・・・月の光・・・・・・・・・・・・

「確かめて見たい事があるのだ。」
そう言って道満が晴明を賀茂の屋敷から連れ出したのは初冠を終えたばかりの秋の事。
二人がたどり着いたのは住む人がいなくなって随分と時が経ったであろう破れ家であった。
板壁は所々朽ちていて殆ど役目を為していないその家に道満は迷う事も無く入っていく。
陽は落ちて辺りは暗く月明りだけが仄かに家の中に入り込んでいた。

「ここで何を確かめるのでございますか?」
晴明は不思議そうに道満の顔を見上げた。
「あぁ 前々から気になっていた事を・・・な」
道満は応えたと同時に晴明の肩を掴んで押し倒した。

何がどうした・・・と思っている間に蜻蛉が外され腰帯が解かれて行く。
その手際の良さに呆気に取られている間にも道満の手は動きを止めず下緒まで外されていた。
「何をなさいます!」
ハッと我に返って道満の手を弾いた時には単衣の襟元も乱れた姿になってる。
「確かめたいのだっと仰いましたが?それがこれでございますか?」
晴明は襟元を掻き合わせながら道満を睨んだ。
「いっいや 他意はない。他意は無いのだ。」
道満は両の手を前で振りながら応えた。
「この身とあなた様の身と変わりは無いではございませぬか。
確かめたいのならご自分の身を得とご覧になれば宜しゅうございますに」
「晴明の身体を確かめたいと言う訳ではない」・・・ケチッ・・・・・と道満。
「では・・何をお確かめになりたいと仰る?」
「それは・・な」
道満はにやっと笑みを浮かべながら右手を動かした。
何処に置いてあった物なのか・・・通常の半分ほどの長さの矢を手にしていた。
「これよ。」
道満の声と共にその矢が晴明に向かって投げられた。
タンッ!!と乾いた音を立てて晴明の背後の板壁に突き刺さった。
ビクッと晴明の肩が跳ねたのを道満は見た。

・・・来るか?・・・・

二本目の矢を手にした道満は驚く晴明に向かって投げる。
再び乾いた音がして矢は晴明の単の裾を貫いて後ろの板壁に刺さった。
三本目の矢を投げた瞬間 晴明の腕が袖を抜け身一つとなって道満の背後へと飛んでいた。

・・・来たか・・・・

道満は振り返って晴明を見つめる。
月の光が入り込んできている。
その仄かな明かりを受けて晴明の表情が見えた。

・・・・やっぱり・・・あの時感じたのは間違えでは無かった・・・・

道満は繁々と晴明の貌を見る。
子供の頃から晴明の瞳の奥に碧い輝きがあると感じていた。
その色味が強くなる事が時々有ったのを道満は知っている。
それがどのようなきっかけで出てくるのか・・・それが知りたかった。
どうやら・・・っと考えが行き着いたときには晴明は忠行の下で陰陽の修行に励んでいる歳となり道満は賀茂の屋敷を訪ねる事は稀になっていたのであった。

初冠を終え一人前の大人として認められる事となった晴明に幼子の頃と同じ現象が起きるとは限らないがどうしても試してみたかった。
それが板壁に突き刺さる乾いた音である。
衣を解いたのはもう一つの可能性を否定し切れなかったからなのだ。
もっとも・・・全く見たくないか?と問われれば「否」と答える自分がいる事も道満は解っている。

「晴明・・・」
道満は声をかける。
青白い月の光を全身に浴びて立ち尽くす晴明の瞳は深い碧の輝きを宿し陽炎のように揺れていた。
「晴明・・・」

「我ら一族の・・・」
晴明の唇が僅かに声を発した。

「晴明?」

「罪無き民を理不尽に屠った・・・」
碧い瞳に力が加わった気がした。

        ・・・・ぉぃ・・・・晴明・・・おまえはいったい何処から来た・・・・


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