この世を闇が覆う時


                 遥か白き海の彼方より
                   
 
                  碧き瞳の者 顕れし


              暗黒の雲を切り裂いて

                
                   遍く照らす光を導かん




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・北の国から・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


豊かな大地が何所までも広がっていた。
まるで無限かとも思われるほど果てしない大地に森人は森の恵みを愛し・里人は里の多様さを愛で・海人は海の広さを誇りと思った。
人々が憧れて止まなかったのが湖沼の碧 空の青 海の蒼・・・

小さな集落が出来て営みが盛んになってくると集落は生活を共にする人々の手によって更なる集落へと集合され拡大して行く。
これらの集落の中に中心となる長(おさ)が出てやがて其々が国へと発展して行った。
その数は百を越えたと伝わる。

国内に有る物を日々飢えないだけ収穫しその日を安寧に過ごせれば満足していた人の心に欲が生まれるまでの時間は掛からなかった。
森人は海の魚を求め里人は森の木の実を欲した。
己の国に無い物を得るため長は屈強な民を連れて侵略を開始する。
幾度と無く争いは繰り返され数多くの民の血が流された。
争いに勝った国はその国を吸収し新たな日々の糧を手に入れる。
長い 長い時が巡り百余もあった国々はやがて三十国ほどに統合されて行ったのである。

・・・・・このままではいけない・・・・
各国の長は気がついた。
勝った国も負けた国も多数の死者が出て労働力は減少し国土は荒廃を極めて行ったからだ。
三十数人の長は神の山に集まって何度も何度も談義を重ねて行った。

こうして国はそのままに緩い連合が組まれたのであった。
その頂点に擁立されたのが一人の王と神の声を聞く巫女だったのである。
この漢が王となる事に異論が出なかったのは広い見識と情報を的確に分析する能力であったと言われる。
そして何よりこの漢の瞳は深海の藍よりも深い碧であった。
広き大地に住む者たちが憧れて止まなかった深い碧の瞳を持つ者・・・
擁立された王は海の向こうにある異国の事にも詳しく海人に異国へ渡ることを教えた。
こうして珍しき物が手に入るようになる。

王に寄り添う巫女は深い森の奥に黄金が出ると神の言葉を告げた。
森人はこの言葉を受けて王の指示の元輝き煌く黄金を見つける事となる。
こうして碧き瞳の王と美しき巫女を中心に広大な国は穏やかに豊かに発展して行くのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 襲来 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


遥かに遠い西に全く違う文化を持つ国が有ると言う話が齎されたのは何時の事であったか・・・
豊かな大地が果てしなく続く北の国々の民にとっては想像もできないような生活がそこにはあると言う。
北の国々の民は手に入る物より他に求めることはしない。
しかし西のその国は己に無き物を求め更に西へと広がりを見せて手に入れる為の戦を繰り返しているのだ。

碧き瞳の王がこの世を去り次の王が立ちまたその次の王が立ち・・・
幾年もの季節が過ぎたころ民は初めて無い物を求めた。
それが碧き瞳の王であった。
代を重ねた王は皆 心優しく聡明であった。
決して不満がある訳ではない・・それでも人々は碧き瞳を求めた。
西からの脅威が度重なる世情に不安を覚えた為なのかも知れない。
神の声を聞くと言う巫女も代を重ねていた。
必ず碧き瞳の王は現れる・・と巫女は言う。

遠い西の国が大掛りな都を作ったと言う話が伝わってきたのはそのような頃のことであった。
その話から間もなく西の国から数えきれないほどの兵を引き連れて北の国へと侵略が為された。

王に傍には一人の優秀な勇者がいた。
名を「アテルイ」と言う。
王に限りない忠節を示し兵の心を鷲掴みする魅力的な勇者であった。
北の国の軍の中に「マレ」と言う参謀が寄り添っていた。
丁度 王と巫女が二人三脚で国を治めたのに似てアテルイとマレはよく軍を動かした。
このようにして西からの軍を撤退に追い込んだのである。

それから暫くは穏やかな年月が過ぎて行った。
王を中心とした三十余国は西からの襲撃に備え更に結束を固めて行った。
しかし・・・
王がこの世を去った。
後を継いだ王はまだ若かった。
巫女は気の不安定な事をアテルイに告げた。

「このような気の乱れは良くないことが起こる前兆。 王はまだ若い。 そなたの力が必要なのです。」

巫女はアテルイに更なる軍備を強化するようにと言った。
この国を護ることに何の異存も無いアテルイはマレと共に軍備を整えていた。

再び現れた西の軍は前回とは全く比べ物にならないくらいの大編成であった。
地の利を生かした戦法も 捨て身の攻撃も次第に打ち破られて北の軍は西の将軍の前に降伏を示した。
西の都への服従を誓う証として将軍は勇者アテルイと参謀のマレを西へ連れて行くと王に宣言した。

「決して悪いようにはせぬ。」 西の将軍は言った。
「このように言ってくれるのだ。 皆 安心して待っていてくれ。きっと良い話を持って戻ろうぞ。」
 アテルイは皆が好きな笑顔を浮かべて事も無げに言った。
「これだけの勇者。 延命を奏上して必ずやここへ戻すよう働きかけるから案じるな。」 
西の将軍は言い置いて西へと去って行った。



「勇者様が逝かれました。」
一時の静寂が訪れたころ巫女がそう伝えた。
人々は驚きを隠せなかった。 心の中に不安の雲が広がって行く。
勇者アテルイは慣れぬ土地で病に倒れたのであろうか。人々は遠い国にいるマレの事も案じた。
秘かに西の国へ放っていた物が戻ってきて報告された真実。
それは・・アテルイとマレは共に処刑されたと言うあまりに厳しい事実であった。

北の人々は将軍の裏切りを恨んだ。
「あの言葉は偽りであったのだ。」
「我々を誑かしたのだ。」

人々の心にやり場の無い怒りが広がる頃 西の国は胆沢に柵を築き西と北の境と成し胆沢城に数百人の兵を常駐させたのであった。